みちのくの山野草

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昭和2年9月に賢治が詠んだ詩

2016-10-10 09:00:00 | 「羅須地人協会時代」に詠んだ詩
<『新校本宮澤賢治全集第十六巻(下)・年譜篇』(筑摩書房)よりカウント>
 では、昭和2年9月に賢治が詠んだ詩はどのようなものがあったのか。『新校本年譜』によれば、
ということで、この年の2月以降突如多くの詩を詠んでいたというのに突如激減し、たった二篇の詩しか詠んでいなかった。
 なお、かつての「賢治年譜」では必ずといっていいほど、昭和2年9月のこととして
    △ 九月、上京、詩「自働車群夜となる」<*1>を創作す。
となっていたのに、「旧校本年譜」以降、その理由は明らかにされていないままに「賢治年譜」から見事に消え去ってしまった。そしてこれらのことを知ってしまうと、この月の賢治の営為は上記以外には他に殆ど「現賢治年譜」には記載がないから、逆に常識的には、この月に賢治には何か大きな出来事があったという蓋然性が高かろう。

<*1:註> 
    自働車群夜となる

   博物館も展覧会もとびらをしめて
   黄いろなほこりも朧ろに甘くなるころは
   その公園の特にもうすくらい青木通りに
   じつにたくさんの自働車が
   行水をする黒い烏の群のやうに集って
   行ったり来たりほこりをたてゝまはったり
   とまって葉巻をふかすやうに
   ぱっぱと青いけむをたてたり
   つひには一列長くならんで
   往来の紳士やペンテッドレデイをばかにして
   かはりばんこに蛙のやうに
   グッグッグッグとラッパを鳴らす

         マケィシュバラの粗野な像

   最后に六代菊五郎氏が 赤むじゃくらの頬ひげに
   白とみどりのよろひをつけて
   水に溺れた蒙古の国の隊長になり
   毎日ちがったそのでたらめのおどりをやって
   昔ながらの高く奇怪な遺伝をもった
   仲間の役者もふきださせ
   幕が下がれば十時がうって
   おもてはいっぱい巨きな黒い烏の群
   きまった車は次次ヘッドライトをつけて
   電車の線路へすべって出るし
   きまらないのは磁石のやうに
   一つぶ二つぶ砂鉄のかけらを吸ひつけて
   まもなくピカリとあかしをつける
   四列も五列もぞろぞろぞろぞろ車がならんで通って行くと
   三等四等をやっとの思ひで芝居だけ見た人たちは
   肩をすぼめて一列になり
   鬼に追はれる亡者の風に
   もうごく仲よく帰って行く
              <『校本宮澤賢治全集第四巻』(筑摩書房)>

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◇ 拙ブログ〝検証「羅須地人協会時代」〟において、各書の中身そのままで掲載をしています。
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