みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

〔甲助 今朝まだくらぁに〕(〔もう二三べん〕)

2017-03-07 12:00:00 | 賢治作品について
 さてその詩、「甲助」のことを詠んだ他の詩とは〔もう二三べん〕であり、それは次のような「春と修羅 詩稿補遺」所収の詩である。
   もう二三べん
   おれは甲助をにらみつけなければならん
   山の雪から風のぴーぴー吹くなかに
   部落総出の布令を出し
   杉だの栗だのごちゃまぜに伐って
   水路のへりの楊に二本
   林のかげの崖べり添ひに三本
   立てなくてもいゝ電柱を立て
   点けなくてもいゝあかりをつけて
   そしてこんどは電気工夫の慰労をかね
   落成式をやるといふ
   林のなかで呑むといふ
   幹部ばかりで呑むといふ
   おれも幹部のうちだといふ
   なにを! おれはきさまらのやうな
   一日一ぱいかたまってのろのろ歩いて
   この穴はまだ浅いのこの柱はまがってゐるの
   さも大切な役目をしてゐるふりをして
   骨を折るのをごまかすやうな
   そんな仲間でないんだぞ
   今頃煤けた一文字などを大事にかぶり
   繭買ひみたいな白いずぼんをだぶだぶはいて
   林のなかで火をたいてゐる醜悪の甲助
   断じてあすこまで出掛けて行って
   もいちどにらみつけなければならん
   けれどもにらみつけるのもいゝけれども
   雨をふくんだ冷い風で
   なかなか眼が痛いのである
   しかも甲助はさっきから
   しきりにおれの機嫌をとる
   にらみつければわざとその眼をしょぼしょぼさせる
   そのまた鼻がどういふわけか黒いのだ
   事によったらおれのかういふ憤懣は
   根底にある労働に対する嫌悪と<*1>
   村へ来てからからだの工合の悪いこと
   それをどこへも帰するところがないために
   たまたま甲助電気会社の意を受けて
   かういふ仕事を企んだのに
   みな取り纏めてなすりつける
   過飽和である水蒸気が
   小さな塵を足場にして
   雨ともなるの類かもしれん
   さう考へれば柱にしても
   全く不要といふでもない
   現にはじめておれがこゝらへ来た時は
   ぜんたいこゝに電燈一つないといふのは
   何たることかと考へた
   とにかく人をにらむのも
   かう風が寒くて
   おまけに青く辛い煙が
   甲助の手許からまっ甲吹いてゐては
   なかなか容易のことでない
   酒は二升に豆腐は五丁
   皿と醤油と箸をうちからもってきたのは
   林の前の久治である
   樺はばらばらと黄の葉を飛ばし
   杉は茶いろの葉をおとす
   六人も来た工夫のうちで
   たゞ一人だけ人質のやう
   青い煙にあたってゐる
   ほかの工夫や監督は
   知らないふりして帰してしまひ
   うろうろしてゐて遅れたのを
   工夫慰労の名義の手前
   標本的に生け捕って
   甲助が火を、
   しきりに燃してねぎらへば
   赤線入りのしゃっぽの下に
   灰いろをした白髪がのびて
   のどぼねばかり無暗に高く
   きうくつさうに座ってゐる
   風が西から吹いて吹いて
   杉の木はゆれ樺の赤葉はばらばら落ちる
   おれもとにかくそっちへ行かう
   とは云へ酒も豆腐も受けず
   たゞもうたき火に手をかざして
   目力をつくして甲助をにらみ
   了ってたゞちに去るのである
             <『校本宮澤賢治全集第四巻』(筑摩書房)267p~>

 こうして冷笑や慢に充ち満ちた〔もう二三べん〕を読んでいると、〔甲助 今朝まだくらぁに〕における甲助に対しての冷笑はまだそれ程のものでもないと思わせられてしまうくらいだ。
 なにしろ、詩というのにもかかわらず、出だしから
   もう二三べん
   おれは甲助をにらみつけなければならん
というように、敵愾心を顕わにしているからだ。
 そして、次は
   なにを! おれはきさまらのやうな
   一日一ぱいかたまってのろのろ歩いて
            ……
   骨を折るのをごまかすやうな
   そんな仲間でないんだぞ
というように〝!〟まで付けて見下している。
 更にまた、
……醜悪の甲助
   断じてあすこまで出掛けて行って
   もいちどにらみつけなければならん
というように〝醜悪〟という言葉まで用いて修飾して、しかも「もいちどにらみつけなければならん」という訳だから、賢治は怒り心頭に発していたようだ。ちょうど、佐藤勝治が、「彼の全文章の中に、このようななまなましい憤怒の文字はどこにもない」(『四次元44』(宮沢賢治友の会)と言うところの〔聖女のさまして近づけるもの〕を彷彿とさせる。

 さりながら、何故賢治は特定の人物甲助に対してこのようにして感情をぶちまけてまでして生々しい詩を書かねばならなかったのだろうか。しかも、この詩から「甲助」という人物は「甲助電気会社」の社長であろうことが推理されるから、地元の私達からすればこの人物が誰のことを指しているのか容易に推測できるので、尚更訝るしかない。
 しかも、途中で賢治も流石に躊躇いが生じたのだろうか、
   事によったらおれのかういふ憤懣は
   根底にある労働に対する嫌悪と
   村へ来てからからだの工合の悪いこと
   それをどこへも帰するところがないために
と途中で少し冷静になって己を振り返り、賢治にもその原因がありそうだと吐露したとも考えられると思って私はほっとしたのだがそれも束の間、結局また元に戻って同じように冷笑と慢がまた顔を出している。そして最後は
   目力をつくして甲助をにらみ
   了ってたゞちに去るのである
で終わっているので、その憤怒の徹底ぶりに私は唯々驚くしかない。

 そもそも私は詩に対する鑑賞能力が乏しいからあまり言えた義理ではないのだが、個人的にはこのようなものを「詩」というカテゴリーには入れたくない。ここにあるのは生々しい怒りの感情であり、詩情には乏しく、ましてや昇華はどこにも見出せない。
 そこで私は例の「10番稿」を思い出した。もしかするとこの詩〔もう二三べん〕はいわゆる「10番稿」の一つだったのではなかろうかと、つまり本来ならばこの詩は世に知られることのなかった詩であり、賢治が封印した詩の中の一つではなかったのではなかろうか、ということを思い付いた。

<*1:投稿者註> 意外に思ったことは、
      根底にある労働に対する嫌悪
と賢治が言っていることだ。もしこれが賢治の本音であったとすれば、私には腑に落ちてしまうことが少なからずあるからだ。

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