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毘沙門天の宝庫

賢治が封印した詩稿群(「第三集 詩稿補遺」分)
  毘沙門天の宝庫

   さっき泉で行きあった
   黄の節糸の手甲をかけた薬屋も
   どこへ下りたかもう見えず
   あたりは暗い青草と
   麓の方はたゞ黒緑の松山ばかり
   東は畳む幾重の山に
   日がうっすりと射してゐて
   谷には影もながれてゐる
   あの藍いろの窪みの底で
   形ばかりの分教場を
   菊井がやってゐるわけだ
   そのま上には
   巨きな白い雲の峯
   ずゐぶん幅も広くて
   南は人首あたりから
   北は田瀬や岩根橋にもまたがってさう
   あれが毘沙門天王の
   珠玉やほこや幢幡を納めた
   巨きな一つの宝庫だと
   トランスヒマラヤ高原の
   住民たちが考へる
   もしあの雲が
   旱のときに、
   人の祈りでたちまち崩れ
   いちめんの烈しい雨にもならば
   まったく天の宝庫でもあり
   この丘群に祀られる
   巨きな像の数にもかなひ
   天人互に相見るといふ
   古いことばもまたもう一度
   人にはたらき出すだらう
   ところが積雲のそのものが
   全部の雨に降るのでなくて
   その崩れるといふことが
   そらぜんたいに
   液相のます兆候なのだ
   大正十三年や十四年の
   はげしい旱魃のまっ最中も
   いろいろの色や形で
   雲はいくども盛りあがり
   また何べんも崩れては
   暗く野はらにひろがった
   けれどもそこら下層の空気は
   ひどく熱くて乾いてゐたので
   透明な毘沙門天の珠玉は
   みんな空気に溶けてしまった
   鳥いっぴき啼かず
   しんしんとして青い山
   左の胸もしんしん痛い
   もうそろそろとあるいて行かう

     <『校本宮澤賢治全集第四巻』(筑摩書房)>

《鈴木 守著作案内》
◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』(定価 500円、税込)が出来しました。
 本書は『宮沢賢治イーハトーブ館』にて販売しております。
 あるいは、次の方法でもご購入いただけます。
 まず、葉書か電話にて下記にその旨をご連絡していただければ最初に本書を郵送いたします。到着後、その代金として500円、送料180円、計680円分の郵便切手をお送り下さい。
       〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木 守    電話 0198-24-9813
 なお、既刊『羅須地人協会の真実―賢治昭和二年の上京―』、『宮澤賢治と高瀬露』につきましても同様ですが、こちらの場合はそれぞれ1,000円分(送料込)の郵便切手をお送り下さい。

『賢治と一緒に暮らした男-千葉恭を尋ねて-』   ☆『羅須地人協会の真実-賢治昭和2年の上京-』   ☆『羅須地人協会の終焉-その真実-』

『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』            ☆『宮澤賢治と高瀬露』(上田哲との共著)

◇ 拙ブログ〝検証「羅須地人協会時代」〟において、各書の中身そのままで掲載をしています。
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