気が重いよ…伊那篇

落ちるところまで落ちた男の日記

懐かしの信州お笑い芸人

2016-10-24 20:00:29 | 昭和レトロ
昨日のブログ、信州芸人の羅列だけで終わってしまいました。
今日は、30~40年前に活躍していた信州出身のお笑い芸人について、思い入れを書きたいと思います。
では、昨日の登場順に---。



【青空一夜(青空千夜・一夜)戸倉町出身】
一夜さんというのは、背が高くてスポーツ刈り。
相方の千夜さんが、背が低くて黒縁眼鏡。
殆ど喋りは、一夜さんの独壇場でしたね。
「一茶かホイ」のギャグは、忘れられません。
結構、一夜さんが千夜さんの頭を引っ叩いていました。
師匠は、コロムビアトップ・ライト(青空一門)。
NHKの「お好み演芸会」の常連でした。



【星セント(星セント・ルイス)長野市出身】
セント・ルイスが現れたときは、衝撃を受けましたね。
オーソドックスな凸凹コンビでありながら、セントさんの機関銃の様な喋くりが凄いのです。
一躍人気者になった要因は「田園調布に家が建つ」「キュウリ・ピーマン・ナス別荘」「俺たちに明日は無い、キャッシュカードに残は無い」等の標語チックなギャグと、スーツを着ないラフな衣裳。
一時は、東のセント・ルイス、西のやすし・きよしとまで言われたほどです。
プライベートでは、セントさんとルイスさんの仲がとても悪く、2003年コンビ解消。
2004年セントさん肺ガンで死去、なんと8ヵ月後にルイスさんも肺ガンで亡くなりました。
漫才史上一番好きなコンビでした。



【清水アキラ(ザ・ハンダース)山ノ内町出身】
ザ・ハンダース、懐かしいなあ。
最初は、小林まさひろ・清水アキラ・佐藤金造・アゴ勇・アパッチけん・鈴木末吉の6人組でした。
1978年発売の「ハンダースの想い出の渚」は、初めてラジオで聴いたとき、驚きましたよ。
歌詞全部、有名人の物真似ですからね。
声から言って、殆ど清水アキラが歌っていたんでしょうね。
さすが、後の物真似四天王です。
アパッチけんは、現在の中本賢。
毎年、長野朝日放送の特番(信州の自然を舞台にしたもの)に出演しています。



【小林すすむ(ヒップアップ)上田市出身】
青空一夜さんも星セントさんも、そして小林すすむさんも、もうこの世にいません。
ヒップアップは3人組のお笑いユニットでした。
小林さんが、ギターを弾きナレーションを担当した青春コント?が新鮮でしたね。
「オレたちひょうきん族」で一気にブレークしました。
俳優に転向した小林さんでしたが、2012年ガンで58歳没。



【ブッチー武者(コント・レオナルド、アッパー8)東御市出身】
「オレたちひょうきん族」の懺悔のコーナーで神様を演じたブッチー武者。
この人が、手でバツをすると、ひざまずいた芸人が天井から水を被る---という重要な役どころでした。
レオナルド熊と組んで、一時期コント・レオナルドで活躍していたとは知らなかったです。
水島びんと組んだアッパー8は、記憶にあります。
「お笑いスター誕生」で活躍してましたよね。
2012年、NHKの「梅ちゃん先生」で、久し振りに姿を見ました。(梅ちゃん先生地元 蒲田の住民役)



【大倉利晴(大倉ヨイショ利晴)伊那市出身】
私が熱中していた「山口良一のオールナイトニッポン」の構成を担当していました。
と同時にトッちゃんという愛称で、出演もしていたのです。
私が、オールナイトニッポンで葉書を読まれたとき、“伊那市の---”と来たものですから、「トッちゃん喜んでいます!」と山口良一が言ってくれ、嬉しかった想い出があります。
萩本欽一に師事して、萩本企画所属で放送作家に。
「欽ドン」や「オレたちひょうきん族」でブレークしました。
2007年SBCラジオ(信越放送)でスタートした「JoHoO!」にも出演していましたっけ。
私の小学校・中学校の先輩です。
現在、伊那市のふるさと大使も務めています。


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