みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

思い出して…、かまわないで…

2016年10月14日 | ヨブ記

ヨブ記 7章

 きのうは、北におよそ70キロのヴェツラーという町にあるキリスト教放送局で録音をしてきました。特にきのうはいつもの録音に加えて、ニカラグアにある放送局のスタッフからのインタビューを受けました。メッセージの録音よりも緊張してました。きょうから日曜日までは、南におよそ200キロの所で教会の修養会があります。

 7章1−6節にはひどい苦しみの中からのヨブの叫びが、どこまで続くのかと思うほどの苦痛の叫びが、読む者の心に迫ります。そして、7節以降では神への問いかけがなされています。神への問いかけでは、一方ではこのような私を思い出してくださいと願い、また一方では「私にかまわないでください」と神に訴えています。両方ともこの時のヨブの思いなのです。どちらなのかと問われたら、どちらもそうだということになるでしょう。

 「主は与え、主は取られる」と言ったのですから、自分の子の苦しみは神からのものであることと、ヨブは受け止めています。しかし、苦痛の激しさにヨブの心はこっちに揺れたと思ったらあっちに動いていきます。どちらも彼の思いなのです。この場合は、「どちらなのかはっきりしなさい!」などという知ったとも励ましとも取れるようなことばは意味がないと思います。

 「神さまを信じる人がそんなことを言ってはいけない」というのは説得力のあることばですが、尋常ではない状況の中で人が口にするのは、時には自分のあまりの激しい痛みの中で、心が千々乱れてのことばです。その揚げ足を取っても何の意味がないのだと思います。

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