みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

最初のしるし

2017年07月11日 | ヨハネの福音書

ヨハネの福音書 2章1−12節

 イスラエルにお住いの方が、ユダヤ人の婚礼は火曜日が多いと言っておられました。それは、神が天地を創造なさった時に、第三日目だけに「神はそれを見て良しとされた」ということばが二回出てくるからなのだそうです。「良し」と訳されていることばのことですね。

 ヨハネの福音書は、イエスがメシヤであることを証明するという意味で、奇蹟を「しるし」ということばで表しています。ガリラヤのカナの婚礼で水をぶどう酒に変えるというしるしは、イエスがなさった多くのしるしの中からヨハネが選んだ七つのしるしの1番目。

 しかし、この箇所には引っかかる表現があります。一つは、「ぶどう酒がありません」と言った母マリヤに、「あなたはわたしと何の関係があるのでしょうか」とイエスが答えたことばです。母を突き放したような、冷ややかなことばのように響きます。そのあとで、イエスがしるしを行なうのですから、余計にいじわるなことばのようでもあります。さらに、「女の方」(新共同訳聖書では「婦人よ」)ということばも他人行儀のようです。

 そのあとの「わたしの時はまだ来ていません」ということばが、不思議なやりとりの意味を説く鍵のように思えます。この時母の心にあったのは、なくなったぶどう酒のこと。しかし、イエスの関心は「わたしの時」にありました。「わたしの時」というのは、この福音書によく出てくることばです。具体的には、イエスが十字架にお架かりになる時のことです。この時イエスの心にあったのは、弟子たちにも、母にも理解できないことでした。ですから、ある人はここを「わたしとあなたの関心事は同じではありません」と訳すのがよいと提案しています。

 イエスは、ユダヤ人のきよめのしきたりによって置かれていた六つの水がめに水を満たすように言い、満たされた水をぶどう酒に変えられました。瓶に入れられていた水は、手を宗教的に清め、飲み物を入れる食器を清めるために用いられていました。イエスはこの水をぶどう酒になさったのです。ぶどう酒を豊かにふるまうのは、「わたしの時」つまり、神の小羊の犠牲によって得られる完全な救いを表わすのにふさわしいしるしだったからだと言われています。

 自分の関心はどこにあるのかに、そして、イエスが私にも「あなたはわたしと何の関係があるのでしょう」と言っておられるのではないかと気づくようでありたい、です。

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