みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

十分考えた

2017年06月02日 | ネヘミヤ記

ネヘミヤ記 5章

 エルサレムの城壁の再建工事に伴う困難は、外からの妨害だけではありませんでした。5章には同胞ユダヤ人の間での、しかも金銭、財産をめぐる問題が噴き出してきたことが記されています。具体的には、ユダヤ人の間に貧富の差が大きくなって、貧しい人たちが立ち行かなくなったのです。

 2—5節には、訴える人々の諸事情が明かされます。富む者が貧しい同胞から取り立てるのでいよいよ貧しくなり、娘を奴隷にしなければやっていけないところまで逼迫している人々さえいました。

 ネヘミヤは大変に怒ります。けれども目に留まったのは、それとともに彼は「十分考えた」ということばです(新共同訳聖書はここを「居たたまれなくなって」と訳します)。彼は感情の赴くままに逆上して当たり散らしたのではなく何をするべきかを注意深く考えました。

 ネヘミヤが訴えを聞いて非常に怒り、しかし十分に考えたことゆえに、この後の行動が問題を解決する上で意味があったと考えるのです。身の回りに起こる様々な出来事を見聞きして、憤りをおぼえることがあります。けれども怒りにまかせて語ったり行動したりすることで、かえって物事がこじれてしまうということもあるのではないか、と思うのです。

 この章の後半には、ネヘミヤの身の処し方、特に金銭について精錬で潔白だったことがネヘミヤ自身のことばによって書かれています。このような基本姿勢が、ネヘミヤのことばに力を与えたのです。

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