みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

いのちがけ

2017年04月06日 | 詩篇

詩篇 119篇105−128節

 同労の方とSkypeをしました。最近帰国してまた当地に戻って来られたその方は、「なんだか、『こちらに戻る』というような気持ちになっている自分に気づいた」とおっしゃっていました。火曜日には、当地にあるキリスト教書店で、こちらの聖書同盟が出している3種類の聖書日課を買い求めました。本の表紙には、見慣れたランプのマークが。これを見つけると、「仲間がいた!」となぜか嬉しくなります。

 「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です」という聖句を読むと、ホームグラウンドに戻って来たような思いがします。きょうの「みことばの光」には、旧約聖書の時代には「履き物の先に芯のついた物もあったと聞く」と書いてあります。もしかしたら、「私の足のともしび」とは、文字通りそのような物だったのかもしれません。
 
 ともしびは暗い道を照らす物。現代のようにこんなにも明るい夜ではなかったあの頃は、真っ暗な夜道をともしびをともし、一歩ずつ確かめるように歩いただろうと想像します。暗やみというのは、闇夜だけではありません。悪者は自分をわなにかけようとしていました。それゆえに彼は、「いつもいのちがけでいなければなりません」と言っています。それもまた暗やみです。
 
 「いつもいのちがけでいなければなりません」ということばを別の日本語聖書は、「わたしの魂は常にわたしの手に置かれています」と訳します(新共同訳聖書)。自分のいのちを頼りない自分の手に置かなければならないほどの危機にあって、彼は「あなたのみおしえを忘れません」との決意を表明します。
 
 いのちがけの決意表明です。
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