みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

息絶えるまで離さない

2016年11月07日 | ヨブ記

ヨブ記 27章

 月に一度の土曜日に、ずっと行なわれ続けてきた家庭での聖書を読む会。先日ヨハネの福音書を読み終えました。みんなで読み進めてきた一つの書を終えるのには、達成感がありますね。1月からは詩篇を読んでいくことになりました。楽しみが続きます。

 重いヨブ記を読み進めています。このあたりが山登りで言えば胸突き八丁という所でしょうか。ヨブはどれだけ友人たちから罪を認め、神の前に告白せよと言われても、頑として首を縦に振ることはありませんでした。27章にも、ちょっと頑なに思えるようなヨブのことばが並びます。

 特に5節の「あなたがたを義と認めることは、私には絶対できない。私は息絶えるまで、自分の潔白を離さない」ということばは強いです。独りよがりの正しさのように響きますが、そうではありません。友人を義と認めることは自分が潔白ではないということを肯定することになるので、このような言い方になるのです。

 また、前後しますが、2節の「私の権利を取り去った神、私のたましいを苦しめた全能者を指して誓う」ということばも、ドキッとします。けれども、これは神を批判しているのではありません。1章21節の「主は与え、主は取られる」、2章10節の「私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか」ということばから、ヨブは良きことも辛いことも神によって賜わるものなのだと信じているのです。ここからも、彼は神との生きた結びつきの中にあるということがわかります。

 それならば、神がヨブに語りかけてくれたら…と読者の一人としては願うのですが、それもまた、ヨブにとっての最善の時まで待たされるのでしょうか。

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