みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

なぜここに…

2017年05月17日 | エステル記

エステル記 4章

 外を歩きましたら、ほとんどの人が半袖。初夏の陽気です。近くのプールでは泳ぐ人、日光浴をする人などがみられました。いつも行く郵便局では、入口でアイスクリームを売りはじめました。いつも受付にいる男性がアイスクリームを扱っています。郵便局もいろいろなことをするものだと思いました。買い求めたい誘惑を退け、1ユーロ切手を二枚買って郵便局をあとにしました。

 民族存亡の危機にあって、エステルがペルシヤの王妃だということが大きな意味を持ってきました。「みことばの光」が書くように、モルデカイが荒布をまとい、灰をかぶって町の真ん中まで来たのは、王妃エステルに事の重大さを知らせるためでした。信頼できる宦官を間にして、エステルとモルデカイとがことばを交わし合います。

 最初のうちは、王に謁見を求めるのはいのちの危険を伴うことだとエステルは尻込みしたようです。しかしモルデカイは、そんなエステルに立ち上がるようにと促します。「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない」とのことばは、何度読んでも心に迫るものがあります。

 時々、なぜ自分たちはここにいるのだろうかと自問することがあります。「このためだ!」とはっきり答えられれば幸いですが、自覚している理由だけではなくて、何かの理由で神が自分を置いておられるのだと気づく場合もあります。

 そのような時、自分の理由が神の理由よりもまさってしまうことがないか、などということを考える箇所です。

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