みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

わたしの時

2017年07月27日 | ヨハネの福音書

ヨハネの福音書 7章1−13節

 きのうは通行止めで迂回をして…と書きましたが、何年か前にレンタカーとカーナビを借りた時のことを思い出しました。次の町に行くのに、他の自動車が幹線道路を通るのに、私たちの自動車は細い山道を上って行きます。同乗者と「このカーナビは性能が悪い」などと言い合っていました。

 そんなことを繰り返すものですから、ホテルで改めて設定の項目を見てみましたら、ルート検索の初期設定が「最短時間を優先」ではなくて「最短距離を優先」になっていたのです。しかも、借りてすぐに私がそのように設定したようなのです。カーナビではなくて、私が悪かったのです。時を急ぎ、かえって時がかかるという忘れられない経験でした。

 過越の祭りは春に行われますが、仮庵の祭りは秋の祭り。ユダヤの人々はこれらの折にエルサレムに上っていました。仮庵の祭りが近づいているこの時、兄弟たちはイエスに、ガリラヤからユダヤに上るよう促しています。エルサレムで奇蹟をしてみせるならば、イエスの弟子たちの信仰を強め、さらに多くが弟子に加えられるから、ということだったのでしょうか。

 しかしイエスは、「わたしの時はまだ来ていません」と答えます。ヨハネの福音書でイエスが語る「わたしの時」はキーワードの一つです。それは十字架に架かられる時を指しています。イエスによると、仮庵の祭りは「わたしの時」ではないのです。「時」と訳されていることばには、「予め定められた時」という意味があるそうです。

 イエスはご自分の側でその時(十字架に架かる時)を定め、そのことを基に、「わたしの時はまだ来ていない」とおっしゃっています。それは人々がいくら彼を持ち上げようとも、逆にいくら彼を殺そうしても決して覆せないことなのです。

*木欒子(もくげんじ )の花

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