みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

耐え忍べ

2017年03月13日 | ヤコブの手紙

ヤコブの手紙 5章1−11節

 散歩にはとても良い時候になりました。ところが、このチャンスにひざを……。35年ほど前に、新聞配達をしていてバイクで転倒。いわゆるひざのお皿(膝蓋骨)を割って手術をした所が痛みます。これまでも、違和感を覚える時もあったのですが、今回はちょっと長いです。きのうの礼拝の前、いつも日本語教会によくしてくださる方に「ありがとう」とお礼を言いましたら、私のひざのことをご存じないのに、「あなたが今どこか痛むのならば、祈ってもらうといい。神さまはお祈りに答えてくださるのだから」と励ましてくださったのです。勇気づけられました。

 ヤコブの手紙5章前半に記されているのは、不正な手段で富を蓄える金持ちへの警告と、恐らくそのような金持ちにひどい目に遭わされている「兄弟たち」への励ましのことばです。

 この金持ちは、払うべき賃金を払わない、抵抗のできない正しい人を罪に定めて殺したなどという非道な手段で富を蓄えました。抵抗できない正しい人を…といって思い起こすのは、北王国イスラエルのアハブ王のこと。彼は、いや彼の妻イゼベルは、抵抗できないナボテという人の罪をでっち上げ、殺して、ぶどう畑をせしめました。

 ヤコブは、彼らが「終わりの日に財宝を蓄えた」と言っています。これを新共同訳聖書では「あなたがたは、この終わりの時のために宝を蓄えたのでした」と訳しています。「終わりの日」というのは、聖書では復活した主イエスが天に昇って行かれてから再びおいでになるまでの間を指しています。彼らがこの危急の時にしてはならない備えをしたと、ヤコブは言いたいのでしょうか。

 一方、苦しめられている「兄弟たち」には、耐え忍べと繰り返し勧めます。不正に甘んじて我慢しろなどとは…という思いを抱かせますが、そうではありません。終わりの日に、主がすべてを正しくおさばきになるとの信頼に基づく、力強い忍耐です。

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