すとう信彦 & his band

社会起業家(チェンジメーカー)首藤信彦の日常活動とその仲間たち

先祖返りの消費税党内論議

2012-03-27 10:12:22 | Weblog
結局、昨日も宿舎にたどりついたのは1時過ぎ。体も心も冷え冷えとしているので、一杯やってと思ってテレビつけたら、BSでサッカーをやっている。おかげでボルトンで活躍する宮市のプレーが見れた。宮市の快速プレーはサッカーのスタイル自体に革新的な影響を与えるとおもって応援している。
ところで昨日の議論は消費税法案のトリガー条項(成長局面になければ消費増税はしない)を定めた付則18条の議論のはずだったが、紛糾必至ということで、それまでに合意したはずの27条や5年後の再増税の可能性を秘めた28条の議論をするということになった。しかし、27条では消費税増税の逆進性対策の簡素給付をめぐって大紛糾。家族単位の給付になるのだろうが、消費税は個人消費にかかるのだから、よほどしっかりした家族モデルを確定しないと問題になるのはあきらか。ところが、議論は主として財源問題を中心に展開した。さらにまた食料品などの軽減課税が何度も何度も姿を変えて浮き上がってくる...
6日間の連続会議で不思議に思うことは、議論をすればするほど原点回帰というか、軽減税率や中小企業対策、若者の貧困化など税というより社会モデルそのものが問題として浮かび上がってくることだ。それはやはり消費税の額や時期ではなく、また財政問題ではなく、日本社会が直面する深刻課題そのものをどう把握し、対策を考えるかという本質的な問題での合意が成立していないからだと思う。
ともあれ、消費税党内議論も今日で打ち切りだそうだ。何が何でも今期末までの法案提出のためのタイミングだろうが、自民党時代の消費税付則104条などに引きずられていること自体がおかしい。しかし、何を言ってももう通じない感じ。それはTPPでも原発問題でも同じだ。何か砂をかむような毎日だが...今夜は総理の出席もあるのかな?消費税の政治生命をかけるという総理だが、やがては時期見て上げなければならない消費税、そんなものに政治生命いや民主党全体を賭ける理由自体が疑問だ。議論に参加するのなら、むしろその点をしっかり説明してほしいものだ。
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四日目のシンデレラ

2012-03-24 01:34:37 | Weblog
雨の中、ようやく議員宿舎にもどってきた。深夜12時を超えての帰宅は4日目だ。12時を超えると馬車じゃなくて頭がカボチャになる。原因はいわずとしれた消費税増税論議。テーマ的には再率上げ条項、成長を前提とするトリガー条項、それに軽減税率がない場合の給付措置ぐらいしかないのだが、なにせ執行部が小出しでちびちび修正案を出してくるから、まさに牛歩というか虫歩になってしまった。まだ将棋税率上げ法案もできていないのに、次の引き上げの可能性の附則条項なんて、馬鹿にしているというか、ばかげているとしか言いようがないと思うが、執行部は強硬、政調会長も必死の形相でついつい慎重派議員の反論も大演説になってしまって、まったく議論が進展しない。こちらは仕事だからどんなに遅くなってもしょうがないと思うが、声も聞こえないくらい廊下でじっと待っている記者の皆さんには申し訳ない。
ただ、ここで頑張らなければ、およそ怪しげな国際マーケットの脅威とか、国債金利が10%になるとか、ギリシアと同じになるとか、財務省と金融コンサルが考え出したシナリオに負けて、かろうじて水面上に顔をだしている中小企業や地域経済を破綻に追いやることになりかねないと、こっちも必死になる。こんな連日連夜の会議に200名近い議員が激しい議論を繰り広げていることは、誰も報道しないけど、ある意味で、民主党の政権交代がもたらした民主主義の一シーンだと思うな。議論の中で、Y議員が12時過ぎで永田町からタクシーに乗ったら、運転手さんに「あんた、民主党、そうだよね、こんな深夜まで議論している馬鹿は民主党だね」と批判されたという話しをしていたが、僕はそうは思うわないな、運転手さんは口ではぼろくそに言っていても、心のなかでは「政治家もけっこうがんばってる」と思ってくれたと思う。
なに?甘いって? まあ今夜は突っ張らずに早く寝よう。
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氷雨の中にも春の足音

2012-03-17 22:33:27 | Weblog
 ひさしぶり(?)に我が家にもどってきた。東京ー横浜なんて距離は車で1時間だから家に戻れないなど信じられないだろうが、現実にこの2週間ばかり仕事が重なって自宅にも戻れなかった。課題山積の今の政治はそういうものだろう。政権交代後は、昔のように名誉職や陳情聞き役みたいな政治とはまったく別な政界になりつつある。特に一期生は専門分野からそのまま抜け出して政治家になったような人が多く、連日激しい議論が行われている。しかしそれは別に民主党だけでなく、エレベーターで話す自民党の中堅・ベテラン議員も同じようにぼやいていた。まあこれだけでも、早期の解散選挙は無いよな..と勝手に納得。
 ともかく2か月にわたって準備が続いたTPPの国際シンポジウムがやっと終わった。ニュージーランドからはケルシー教授に緑の党共同代表のノーマン議員、アメリカからはパブリックシチズンのワラック女史他、韓国からは権議員などと、アジア太平洋の各地からそうそうたるメンバーが参加して、まさに「環太平洋連携」のシンポジウムになった。
驚いたのは、このような海外からの参加者が我々と一緒になって、イトシア前で街頭演説を行い、国会までデモ行進をしたことだ。正直言って、演説やデモはとても無理だろう、変に頼んだら「私はそんなことのために来たのではない」と感情を害するんじゃないかなんて、おっかなびっくりで頼んだら、即座にOKとなり、街宣車に乗って演説してくれた。
 TPPを考える国際シンポジウムの会場も、ひょっとしたらたくさん聴衆が集まるかと期待して、いつもの憲政記念館から、奮発して砂防会館にしたのだが、会場後も人がつめかけて、一階のフロアで収容しきれず、二回フロアまで追加して(後で請求書を見るのがつらい)開会した。小生がコーディネーターとなって内外の専門家講演のあと、フロアから質問を受けたが、多様で鋭い質問、女性参加者からのTPP問題の本質にせまる質問など、時間を延長して有意義で熱い議論が繰り広げられた。
 正直言ってこのシンポジウムが終了した時点で疲労困憊。ところが、次には例の消費税問題が党内でヒートアップ、昨年12月29日まで議論したように、この第二ラウンドも結局は深夜まで議論や活動が連続することになった。マスコミでは増税反対は「○○派」みたいな括りだが、とんでもない。典型的な○○派チルドレンはみなさん、議論を横目に選挙区へ戻って選挙活動しているのですよ。しかし、この消費税問題はTPP問題と違って、不毛で無理筋な議論が横行。昨日はついに小生も発言して執行部での案文再検討を提言した。まあ皆さん疲れていたのだろうが、その提言を受けて、執行部で引き取って修文しなおすことになり、ようやく時計が深夜12時を回ることには宿舎に帰り着き、ようやく夕食にありついた。
 今朝は、氷雨。地元でのセンター北祭りのあいさつに車を走らせたが、外気温は5℃だって!氷雨の中で早朝からブースの準備をしている皆さん、本当にご苦労さまです。こんな寒中状況でも、どことなく春を感じさせられる。2週間ぐらい遅れているのだろうか、それでも春は着実におとづれつつあると思った。
 たった2週間離れていただけだが、住み慣れた仲町台の街並みが異国のように感じられた。かどをまがって、家の前にさしかかったら、ななんと!家の隣のキウイ果樹園が、すべて果樹が伐採されて、丸裸の更地になっているではないか?また駐車場にでもなるのだろうか?なんか浦島太郎になったような気がした。
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東日本大震災追悼式

2012-03-11 17:34:10 | Weblog
東日本大震災一周年の追悼式が国立劇場で行われた。実は地元では綱島桃祭りが開催されるので、そちらに顔をだしてから追悼式に駆けつけることも考えたが、今年は参加議員は全員、国会からバスに集団で乗って出席しなければならないということで、あきらめた。時間的にも綱渡りだが、それ以上に、お祭りおめでとう!という気分から、2万近い犠牲者・行方不明者の追悼に心を切り替えることじたい難しい。個々の議員などがばらばらにくることで会場が混乱するのを避けるための措置だろうが、結局、式典開始までに1時間半ほど劇場の椅子に座っていなければならなかった。外国大使の中には巨漢もいるから、辛かったろう。
手術後ということで、天皇陛下もお言葉の後に会場を後にされ、何か進行もちぐはぐなところが感じられたが、岩手・宮城・福島の遺族のことばは、どんなに淡々と述べても、あまりに重く辛く、臨場感さえあって、議員も涙をふいている人が多くおられましたね。
行きのバスの中で、「1年といっても、あっという間だね」という会話が聞こえたが、本当にそうだと思う。政治はまるでジェットコースターに乗っているように感じるときがあるが、この1年は震災そして何よりも原子力発電所事故の後始末で、まるで宇宙ロケットの操縦席に縛り付けられているような感じすらあった。1年が経過し、補正予算も4次まで成立した。さまざまな行政、法律のバリアーを乗り越えて、復興を加速させよう!
帰りのバスでは皆、無言だった...
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工事不手際 日本を救う!

2012-03-08 23:19:37 | Weblog
福島第一原発の事故は、被害状況も直接の原因も解明されず、まだまだ謎だらけの事故だ。その中でも、最大のなぞは、なぜ停止中の4号機の燃料プールが爆発・溶解しなかったか?というなぞ中のなぞだ!まがいなりにも鉄製の原子炉の中にある核燃料とちがって、停止中の4号機では建屋上部の貯蔵プールに大量の未燃焼燃料が水循環で冷却されており、全電源切断後に冷却水が供給されなくなれば、プールの水の蒸発、燃料棒の溶解、爆発は時間の問題だった。現にアメリカNRCのヤッコ委員長が4号機プールには水があるはずがない、したがって爆発は時間の問題で、アメリカ政府がアメリカ人を急きょ80km圏外に脱出させる命令を出した根拠になっていた。のちに無人機やヘリなどの空中映像から、4号機燃料プールに水が残っている映像がとられ、ヤッコ委員長は不思議だと言いながら、判断の間違えを認めた。
しかし、冷却水が循環せず、また消防車やコンクリート車からの放水がなかなかプールにとどかなかったのに、なぜ4号機だけ十分な水が残り、燃料が溶解せずそのまま残っているのは不思議中の不思議と言われた。その答えが今朝の朝日新聞に載っていた。
15cm四方の平凡な記事の扱いだが、本来なら全紙面を使ってのビッグニュースのはずだ。記事は「工事不手際4号機を救う」とあるが、冗談じゃない。もし、4号機のプールの水がなけば燃料棒は溶解・爆発し、大量の高レベル放射能が周囲にまき散らされ、放水車も作業員も近づけぬまま、1号から3号機までつぎつぎと水素爆発そしてやがて水蒸気爆発をお越し、高レベル放射線はすっぽり東京・首都圏を覆って、2000万人が家を捨てて非難しなければならなかったはずだ。
記事によると、点検中の4号機で原子炉に水を張ってシュラウドの切断をしようとしたら、不手際で工具が寸法違いで合わず、やむなく水を張ったまま工事が遅れていたところに、地震が起こり、さらに燃料プールとの仕切り壁がこれまた不具合で完全に密閉できていなかったため、その水が地震後に大量に燃料プールに流れ込んで燃料棒を冷却した!!!!ということらしい。
不手際やずぼら工事が救った原発いや首都の運命だった。このことだけでなく、福島原発の事故は、知れば知るほど、最悪の事態などでなk、まるで「神が守ってくれた」ような事故だと思う。我々が引き続いて横浜の自宅で生活できるのも、偶然の重なりというか、神の采配とでもいいようがないような稀有な幸運のおかげだ。そのことを肝に銘じつつ、万が一にもこのような原発事故が二度と発生しないように、総力をかけて対策を作り上げようと、心につよく刻み込んだ。
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隅田川浪五郎のパスポート

2012-03-06 23:33:12 | Weblog
長い予算審議が終局に近づき、各委員会がようやく立ち上がりの準備に入った。しかし、外務委員会は前国会の終盤での強行採決(例のヨルダン原発協定)がひびき、なかなかスタートしない...ということで、今日は田中外務委員長と都内視察へ。外交史料館では幕末慶応に発行された日本初のパスポートがなんと「隅田川浪五郎(スミダガワナミゴロウ」、第三号が亀吉という曲芸師だったことを知って感慨一入。庶民の写真がない時代だから、この時期のパスポートにはいろいろ身体的な特徴が書いてあって、「あばた」だとか、両腕に入れ墨...など、今なら個人情報というか、人権問題に抵触しそうな記述がいっぱい記入してあって、時代を感じさせる。パスポート第一号が徳川幕府の役人ではなく、隅田川一家の曲芸師だというのは、それが世界の求める日本人なんだなあと、何か現代を思い浮かべて、複雑な気持ち。それにしても隅田川ナミゴロウ(芸名だろうが粋だなあ!)とか、姓がなくて名前だけの亀吉さんが、日本国を代表してパリ万博で大活躍したり、アメリカまで転戦して、グラント大統領に芸を披露したなんて、たいしたもんだなあと感心。やはり現場へ行くことは価値があると思ったのは国際交流基金で、文化交流なんていうと時勢がらすぐ仕分けの俎上にあがりそうだが、日本語教育にしても、文化交流にしても面目一新、現代日本の紹介には欠くべららざるものと思う。フロアに圧倒的に女性が多いのも好感された。日本文化それが伝統的なものでも、現代のおたくカルチャーでも、そこで好感された価値が日本製品の価値につながると実感した。
ほかの委員会はともかく、小生が委員長のテロ・海賊対策特別委員会も一刻もはやく立ち上げたいが、いまの政局ではねえ、なんかみんな腫れ物にさわるように、引けている。おかしいよね!今日はそういうことで懇親会を開き、委員会再開の意思統一をはかりました。
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