空蝉ノ詩

蝉は鳴く。地上に生きる時間は儚く短い。それでも蝉は生きていると。力の限り鳴き叫ぶ。私も今日、力の限り生きてみようか。

50編 老いの風景

2017-07-08 04:22:49 | ひとりごと
老いの風景

私が生れて育った処は
「外地」と呼ばれていた北海道のニセコ町
父母は自分が住んでいた処は
「外地」とは呼ばず素直に北海道と呼んでいた
津軽海峡の向こうにある本州のことは
「内地」と呼んでいた
チョッと変な話であるけれど
父母は「内地」と呼ぶことに何の疑問を感じていなかった
沖縄は「本土復帰」という表現があることから
本州のことを「本土」と呼んでいた

もう一つ
私が小学校5年生だったか、6年生だったか曖昧だが
社会科の授業で
日本海側の地域を「裏日本」
太平洋側の地域を「表日本」
と教えられた。
いま 日本海側の地域を「裏日本」と読んだら
テレビ等で大騒ぎになるだろう

私は 精神が未成熟のまま、
19歳の春に涙の連絡船で津軽海峡を渡り
「内地」の玄関口 青森駅に着いた。

あれから四十数年、時間が流れ去り
白髪混じりの頭髪になった。
我が身もやがて老いを向かえる身となり
日々老人介護に従事させて頂き
脳卒中などの病気で手足はままならず
杖を頼りにふらつきながら歩いている老人。
チョッと前に向日葵の花を観てきたことも忘れ、
自分は何をしようとしたかもわからなくなった老人。
要介護老人達に囲まれ
我が身の老いと重ね合わせ
在宅介護のなかに垣間見る
「老いの風景」を描き
生きること老いること死することの意味を
考えてみた
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