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正当化。

絶対にやってはいけないこと。
というものがある場合、その何かは、まさに文字通り、『絶対にやってはいけない』のだ。
誰が、いつ、どこで、どんな理由であっても、『絶対にやってはいけない』のだ。

例えば、『人を殴ってはいけない』ならば。
人を殴った人を殴ってこらしめることは、絶対にやってはいけないのだ。

例えば、『人を罵ってはいけない』ならば。
人を罵った人を罵倒して思い知らせることは、絶対にやってはいけないのだ。



つまり。
『人を殺した人を殺して罰する社会』では、人殺しは『絶対にやってはいけないこと』ではないのだ。
こういう社会では、人殺しは簡単に自分を正当化できる。
何か理由さえあれば、人を殺してもいい社会だから。

こういう社会では、人殺しは自分のしたことを反省しない。
彼のした事は『悪いこと』ではないからだ。
彼のした事は理由さえあれば『許されること』であるからだ。

こういう社会では、人殺しは殺すしかなくなる。
あるいは永遠に閉じ込めておくか。

人殺しをすべて殺すことと、人殺しを殺さずに罰することと、どちらのほうが、より早く、そしてより良くこの社会を変えるだろうか。
どちらのほうが、人殺しをなくせるだろうか。
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