止まらず一歩

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三笠宮 「南京の日本軍の行為は虐殺」

2016-10-29 08:32:17 | Weblog
(10/28  リテラ)

    昭和天皇の末弟で、今上天皇の叔父にあたる三笠宮崇仁
    親王が、昨日27日、心不全により逝去した。享年100歳だっ
    た。
    一部メディアは、崇仁親王の先の戦争に対する反省の念や、
    戦争反対への思いなどを伝えているが、その発言は、マスコ
    ミが報じている以上に踏み込んだものだった。崇仁親王は、
    いまこの時代を支配している右傾化に対して、早くから警鐘
    を鳴らしてきたとさえ言える。
    それを象徴するのが、右派の“南京大虐殺はなかった”とい
    う歴史修正主義に対する強い批判だろう。

 1915年生まれの崇仁親王は、陸軍士官学校に進み、軍人となり、
日中戦争時の1934年1月から1年間、「若杉参謀」の名で参謀として
中国・南京に派遣された。このとき崇仁親王は「支那派遣軍総司令
部」で「支那事変に対する日本人としての内省」という文書を書き、
日本の侵略主義を批判したのだが、その文書が発見された1994年
には、月刊誌のインタビューで“南京大虐殺はなかった”という論に
ついてどう思うか聞かれ、このように述べている。
  「最近の新聞などで議論されているのを見ますと、なんだか人
  数のことが問題になっているような気がします。辞典には、虐殺
  とはむごたらしく殺すことと書いてあります。つまり、人数は関係
  ありません。私が戦地で強いショックを受けたのは、ある青年将
  校から『新兵教育には、生きている捕虜を目標にして銃剣術の
  練習をするのがいちばんよい。それで根性ができる』という話を
  聞いた時でした。それ以来、陸軍士官学校で受けた教育とは一
  体なんだったのかという疑義に駆られました」(読売新聞社「This
  is 読売」94年8月号)
 このインタビューが収録された当時は、羽田内閣の永野茂門法相
が毎日新聞のインタビューで「南京大虐殺はでっち上げだと思う」
「太平洋戦争を侵略戦争というのは間違っている」などと発言する
など、戦中日本の戦争犯罪を公然と否定する流れが、すでに一部
の右派だけでなくかなりの勢いを持ち始めていた時期である。
 とくに、日中戦争初期の1937年12月の首都・南京陥落以降に日
本軍が行った捕虜や民間人の殺害行為については、論者・研究者
によってその人数に20万人から数百人、そして「そもそも虐殺は存
在しなかった」といういわゆる“マボロシ論”まで論じられていた。
その“数字”をとりたてる流れは現在も続き、現日本政府もまた「被
害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正し
い数かを認定することは困難である」としている。

 だが、崇仁親王はこうした“数字”の論に対して“むごたらしく殺せ
ば人数は関係はりません”と、はっきりと批判したのだ。さらに同イ
ンタビューでは、自身の南京での従軍経験としてこうも述べている。
  「また、南京の総司令部では、満州にいた日本の舞台の実写映
  画を見ました。それには、広い野原に中国人の捕虜が、たぶん
  杭にくくりつけられており、そこに毒ガスが放射されたり、毒ガス
  弾が発射されたりしていました。ほんとうに目を覆いたくなる場
  面でした。これこそ虐殺以外の何ものでもないでしょう」
 言うまでもなく、崇仁親王が戦争犯罪を正視し、歴史修正主義を
けん制したのは、再びこの国が戦争をすることがないようにという
強い思いがあったからだ。1956年の著書『帝王と墓と民衆』(光文
社)に付した「我が思い出の記」のなかでも、南京に配属された当
時を振り返り、こう記している。
  〈わたしの信念が根底から揺りうごかされたのは、じつにこの
  一年間であった。いわば「聖戦」というものの実態に驚きはてた
  のである。罪もない中国の人民にたいして犯したいまわしい暴
  虐の数かずは、いまさらここにあげるまでもない。かかる事変当
  初の一部の将兵の残虐行為は、中国人の対日敵愾心をいやが
  うえにもあおりたて、およそ聖戦とは思いつかない結果を招いて
  しまった〉
 〈わたしがここで言いたいのは、聖戦という大義名分が、事実とは
  およそかけはなれたものであったこと、そして内実が正義の戦い
  でなかったからこそ、いっそう表面的には聖戦を強調せざるを得
  なかったのではないかということである〉

 昨年、ユネスコの世界記憶遺産に「南京大虐殺」が登録されたこ
とに対して、ユネスコへの分担金を留保するという“報復”に出た安
倍首相にこそ聞かせたい言葉だ。だが、そうした誠実な態度を貫き
通した崇仁親王に対し、これまで右派は「赤い宮様」などと揶揄し、
「左翼」と批判してきた。前述した著書の一部が新聞で紹介されたと
きには、“これは日本軍を傷つけるものだ”という趣旨の脅迫まがい
の手紙が当時品川区にあった三笠宮邸に届いたという。

 しかし、崇仁親王はイデオロギーから発言したわけではない。
崇仁親王がオリエント史などの歴史研究を愛し、大学の教壇にも
立ったことはよく知られているが、その根本には、たとえそれがど
れほど自分にとって正視し難い事実であったとしても、歴史には真
摯に向き合わなければならないという覚悟があった。そしてなによ
り、崇仁親王自身が皇族という極めて特殊な立場にありながら、
“権威”が大衆を惑わすこと、そして、自由な言論が封鎖されること
こそ、民主主義にとって一番の障壁であると、60年以上前から指摘
してきた。

 マスコミはあまり取り上げないが、崇仁親王の思いが、皇室と国
民の垣根を越える“民主主義”にあったことは明らかだ。たとえば
1952年の「婦人公論」(中央公論社、当時)2月号に掲載された「皇
族と自由」と題した聞き書きのなかで、崇仁親王は、昭和天皇の地
方巡幸の際に警官が万歳しない人に対して叱りつけたという話を
受けて、「これでは少しも人間と人間との感情が流れてきません。
こんなとき号令をかけられた人がなぜ抗議しないのでしょう」「同じ
人間同士なのですからハダカとハダカでぶつかり合ってほしい」と
したうえで、「これが民主主義の基礎であることはいうまでもありま
せん」と語っている。
 あるいは1966年の「女性自身」(光文社)のインタビューでは、皇
室の民主化の停滞を嘆きながら、侵略戦争の認識についてこう述
べている。
  「太平洋戦争が終わったときには、もうこれで地球上から悲惨な
  戦争はいっさいなくなったのだと思いましたが、現状をみると、ま
  ことにあさはかな考えだったことがわかります。どんな大義名分
  をつけても、しょせん戦争は殺人です。人を殺すことは最大の罪
  悪です。戦争放棄を明記した新憲法の精神は、いつまでも大切
  にしなければなりません」

 しかし、2016年の日本はどうか。安倍政権はメディアに圧力を加
え、言論弾圧まがいの行為を繰り返し、さらに憲法を変えてこの国
を戦争へと導こうとしている。そして、天皇の「生前退位」について
も一代限りの特別法でお茶を濁し、抜本的な天皇や皇族の人権問
題には決して触れようとしない。さらには、国民の多くはそんな安
倍政権を支持し続け、歴史修正やその強権政治への国内外の批
判に対しては、束になって「反日」だと襲いかかる。まるで、みずか
ら民主主義を手放そうとしているかのようだ。

 非民主的な存在である皇族のほうが国民や政治家よりよっぽど
自由や人権、民主主義について考えを巡らし、また、負の歴史を
正面から見据えていた。その歪な現実を、わたしたちはよく受け止
めなくてはならない。
(宮島みつや)
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4 コメント

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偽りを言うヤツは誰だ!アベだ。 (へそ曲がり)
2016-10-29 13:01:17
「偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、 真実を語る者が売国奴と
罵られ た世の中を、 私は経験してきた。... それは過去のことだと
安心してはおれない。」(三笠宮崇仁)
生前退位のホンネ (年寄)
2016-10-30 12:17:25
じーちゃんの指摘があったように、三笠宮が自記書で、自分で戦争を経験し、戦争の恐ろしさ、悲しさは人類の不幸である事が分かる。歴史をしっかり学習してほしいと。皇室では過去の戦争のお詫びと反省、平和の願いを、世界各国を訪問しているが、戦後70年も過ぎても戦争の反省(憲法違反の安保法制、核拡散防止に賛成)もない安部政権に嫌気になったような、天皇、皇室の様子が分かる。もっともだ。
改正 (年寄)
2016-10-30 12:35:37
生前退位の文章で  核拡散防止に賛成は誤り  反対が正解
安部政権はバカか? (じーちゃん)
2016-10-30 12:56:05
毎年広島、長崎の戦没者式典の墓前の前で安部総理は世界に向けて核の廃絶を声高らかにアピールしてきたが、あれはウソを付いてたのか。核兵器禁止条約、交渉入りに日本は反対を表明した。一体何事だ?広島、長崎市民よ大騒ぎなぜしないか?来年から式典に参加させるなよ。又中国、韓国、北朝鮮にバカにされ、世界から日本の権威は落ちるばかり、日本の平和は又又又、後退。亡くなった仏は泣いている。

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