シゴトからの解放

シゴトのために生きるなんて、ただの地獄だ。

タテ社会の人間関係 その25

2016-10-14 19:22:55 | 世間

近代西欧的ディレクターシップにおいては、何よりもリーダーと部下の間に約束があり、そのルールによって一定のミーティング・ポイントが決まっているから、どちらの側も一定以上の力を行使することができない、という同時に、一定の権力行使が許されている。

日本的な表現をとれば、この力関係において、上が強くなると「権威主義」であり、したが強くなると「民主主義」である。前者は戦前に多く、後者は戦後に多い。いずれも両者(上・下)の約束による接点が設定さていないという点で、いずれの仕方にも弊害が相当ある。

戦前・戦後を問わず、日本のあらゆる集団を全般的に見ると、リーダーの権威発動は、特定分野・特定条件に限られ、全体としては、さっきに述べたように、リーダーシップは、集団全体によって、極めて制約されているということが言えよう。言い換えれば、日本的社会集団においては、組織が個人に優先していると言えよう。

このことはさらに、リーダー(また上にある者)に対して部下の力が強い、ということが言えよう(こうした社会であるからこそ、民主主義が行き過ぎ、真の民主主義と違った平等主義が猛威を振るうことにもなるのである)。(p144-146)

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