SUSHI ROCKS

「真音通信」(まおんつうしん)
写真と音楽。猫や鳥や草花、
時に酒に纏わるよもやま話など・・・。

あの頃の少年 4.

2012-05-08 14:33:50 | 日記

4.「蛍の光」

☆「蛍の光窓の雪、文読む月日重ねつつ、いつしか歳も杉の戸を・・・」

というわけでいつの間にか年月は過ぎ明けてめでたく中学生になった。
万博や月の石に関しては「20世紀少年」に書かれているのとほぼ同様、
あの時代の子供たちの心象を見事にあのコミックは表現していると思う。
(前にもここで書いたが、作者の浦沢直樹氏は僕と同じ1959年生まれのはずだ)
ここでは省略するが、少しだけ触れておくなら、月の石は残念 ながら、
僕達は「ブリティッシュ・コロンビア館」に展示されているのを見た。
アメリカ館には入場してません(遠足のタイム・スケジュール上)
ブリティッシュ・コロンビア館に展示されていた「月の石」は
小学生から見ても甲子園の土よりショボかった。
なもんであっという間にあんなものは忘れてしまった。

そして夏が終わり、秋が終わり、冬が終わり、やがてあたり前のように
春が来て、それからまた一年があっという間に過ぎて僕は中学生になった。

☆いまだ我が家は六畳一間に家族四人で暮らしていた。この状態は
あと2年近く続く。中学一年生の頃の記憶があんまりないんだよな。
多分、思い出したくないくらい、つまらない一年だったんだと思う。
すべてが嫌な毎日だった。クラスの連中も担任の先生も、
担任の名前さえもね・・・。それはレナード・スキナードと言う名前の
アメリカ人教師と同じくらいに馬鹿馬鹿しい名前だったな・・・。

いわゆる新入生って立場も、アホみたいなクラブ活動も嫌だったな。
なにより、クラスの同級生から「家に遊びに行ってもいい?」とか
「電話番号教えて」って言われるのがいちばん嫌だった。
いつでもどこでも誰とでも、笑顔でいれるってわけじゃない・・・。

なんせ、我が家は六畳一間に家族四人といつの間にか猫が一匹増えてて、
そして、未だにうちの家には電話がなかったんだ・・・
ハハハ・・・。そして今思い出したけど
うちの家には窓がなかったような気がする・・・ぞ??


注:レナード・スキナードはアメリカ南部のいかしたROCK BANDの名前さ。
いまやカナダ人のニール・ヤングと並んで、
アメリカン・ロックを代表する伝説のバンドだ。
彼らは大嫌いな高校教師の名前を、そのまんま自分たちの
バンド名にしたってわけだ。このいかれ具合がとてもいいね。
いまも僕の傍らのCDプレイヤーからはFREE BIRDが流れてる。

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radikoを聴きながら (あえりの目安箱★)
これを書いてます。何か演歌が流れてる・・。どれどれ。