成り行きアラカルト日記

人生は成り行きでありますが、日日是好日と考えて、日々の出来事を凡人の視点でアドリブ的に記載したいと思っております。

今も生真面目なゲバルト・ローザ・・・産経新聞

2008-06-13 22:56:53 | 雑談
 ふと、今日の産経の朝刊を見ると「女子学生闘士のその後」そして「ゲバルト・ローザ」の言葉が目に入った。
 知らなかったのだが、「さらば革命的世代」という記事があり、その第1部 隣の全共闘のΔ掲載されていた。

 その記事を読んで、人生の生き方ってほんとうに色々あるんだなあと感じたしだい。特に、当時のゲバルト・ローザと呼ばれた女性たちの生き方、凄いです。
 女性こそ、革命的な生き方ができるのではと思わされた。

 以下その記事です。

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 東大卒エリート一家

「『さらば革命的世代』というタイトルはうれしくない。私は今も行動している。下の世代になにがしかの責任をとるためにも、走り続けてきた」…。

 岐阜県大垣市に住む近藤ゆり子さん(58)からそんなメールが届いた。和服姿で反戦運動を続ける地元では有名な女性活動家だ。

 元東大全共闘の闘士でもある。

 当時のメンバーの男女比は約30対1。当たり前のように女性が軽く扱われる時代だった。

 「何を言っても子犬が吠えているとしか思われなかった。上層部も、私のことをキャンキャンとかみついてうっとうしい存在と見ていたかもしれない」

 家族や親戚のほとんどが東大卒というエリート一家。

 理屈っぽい性格からか、周りからはいつも「女のくせに」と言われ、反発した。ますます「男になんか負けるものか」と思った。

 小学5年生だった昭和35年。「60年安保」に反対する全学連デモ隊が国会で警察隊と衝突し、東大生の樺美智子さんが死亡した。

 「10年後は自分も東大で学生運動をしている」

 そんな未来を予感した。

 「教科書を3回読めば、中身が頭に入った」と言い、43年4月、県立千葉高からあっさり東大に入学。

 クラスの自己紹介でいきなり、こう言った。

 「70年安保を闘いたいと思います。そのための勉強をしたいと思います」

 機動隊への投石は男の役目だった。

 「女は下がって炊事当番をしろ」とも言われた。それでも前に出て石を投げた。あまりのコントロールの悪さに「味方にあたるではないか」と叱責され、しぶしぶ石拾いの仕事に回った。

 「優等生」であることがいやで実家も飛び出した。「女であること」をうとましく思うこともあった。


 ゲバルト・ローザ

 当時ゲバ棒片手に活動した女性闘士はドイツ共産党の女性革命家、ローザ・ルクセンブルクにちなんで「ゲバルト・ローザ」とも呼ばれた。

 バリケードの中のはしごをミニスカートでかけ登るようなタイプもいたが、多くは、きまじめで純粋な女子学生だった。

 後に父親がまとめた日記「二十歳の原点」(新潮文庫)で知られる立命館大学生、高野悦子さんのように学生運動を通じて自らの生き方に悩み、20歳で鉄道自殺を図った女性もいた。

 男女雇用機会均等法の施行より十数年も前の時代。

 大卒女性は就職も厳しかった。ほとんどは専業主婦か、公務員や教師になる道しかなかった。

 ただ、男子学生の多くが、その後企業戦士として「転向」していったのに対し、彼女たちの中には現在も「純粋」な人が少なくない。

 東京の女子大で全共闘経験がある専業主婦(60)は、息子が一流大学から一流企業に入ったことを「気に入らない」と批判する。

 「安定だけを求める生活は、学生時代の自分が最も嫌っていたもの。せっかく自由に育てたつもりなのに、息子は何もわかってくれなかった」

 九州の国立大で学生運動経験がある元公立高教員の女性(61)は退職を機に本格的に平和運動を始めたという。

 「授業中に個人の考え方を押しつけることはできなかった。でも、ようやく自由になった。私は学生時代も全学ストライキには最後まで反対するほど、きまじめでしたから…」

 「女性闘士」をめぐっては、壮絶な内ゲバ事件を起こした連合赤軍リーダー、永田洋子死刑囚(63)を連想する人も多い。

 彼女にしても「純粋すぎたがゆえの犯行」という見方がある。

 一方で、全共闘に参加した女性たちの社会への不満や反発の萌芽(ほうが)は、後のウーマンリブやフェミニズム運動などを経て、男女平等の考え方や女性の社会進出にもつながっていった。

 「逃げてきた」

 昭和47年春、近藤さんは東大を中退した。

 医療労働者の待遇改善闘争に参加する中で、自ら准看護師学校に入学するためだった。

 44年1月の安田講堂攻防戦から3年。キャンパスは平静さを取り戻し、就職を前にした男子学生たちが運動から手を引いていく中で、近藤さんは「学生運動」そのものに限界を感じ始めていた。

 一方で看護師学校の仲間からは次のように言われ、ショックを受けたという。

 「私たちはあなたとは違う。家族を養わねばならず、闘争によるリスクを背負えない。あなたもどうせ闘うのなら中途半端なことはやめてほしい」

 以降、「職業革命家」として左翼セクトに入り、在日朝鮮人の入管法反対闘争などでも活動した。

 逮捕や長期勾留も経験したが、「結局は、今いる地方都市に逃げてきた」。

 東大時代からの活動仲間だった夫の学習塾を手伝い、政治活動からはしばらく距離を置いた。

 夫婦水入らずの生活はそれなりに楽しかったが平成7年、立ち上がらざるをえなくなった。

 オウム真理教事件がきっかけだった。

 「人を殺すことを正しいとまで錯覚する感覚が新左翼の内ゲバの発想に似ているように感じた。私たちのしてきたことを自ら総括せねば、下の世代に何も残せないと思った」

 現在は憲法9条を守る活動やダム建設中止運動に携わる。

 “同志”だった夫は10年前、転落事故をきっかけに亡くなり、一人暮らしになった。

 自身も今年2月、乳がんのため胸の大手術を受けた。

 いつも和服を着ているのは「お金がないから」という理由と、手術跡を目立たなくするためだという。

 「『革命』という言葉で何を連想するかはさまざまですが、世直しは今もなお、よりいっそう必要です。『さらば』どころではないんです。でも私には病がある。そろそろ自分の人生を言語化すべきときかもしれないとも感じています」

 あえて産経新聞にメールを寄せた理由をそう語った。

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