会津八一&団塊のつぶやき

会津八一の歌の解説と団塊のつぶやき!

会津八一 1274

2016-12-10 00:21:02 | Weblog
会津八一に関するブログ 188

会津八一の奈良 2010・12・13(月)

 初めて奈良を訪れたのは1908年(明治41年)、その時に詠んだ20首の中に「わぎもこ」の歌がある。この時のことを故植田重雄先生は著書「会津八一の生涯」でこう書いている。
「(新潟から大阪へ・・・)八月六日、大阪からただひとり汽車で奈良に向かった。酷暑の天気が久しぶりに崩れて雨が降っていた。奈良駅につくと、さっそく案内記を買い求め、昼の雨の町すじをたどりながら、東大寺転害門(てがい)の近くの對山褸に宿をとった。宿の二階の廊下で店を出している名物屋の女から、通俗的な名勝案内をもう一冊買った。宿の浴衣に着替え、宿の番傘をさして、この案内書をたよりに雨のけぶる猿沢池を散策した。

 猿沢の池にて    解説

  わぎもこ が きぬかけ やなぎ みまく ほり 
        いけ を めぐり ぬ かさ さし ながら


 天皇の寵を失って悲しみのあまり、この池に身を投じたという采女(うねめ)の伝説が、なぜか身につまされて悲しかったのである。春日野をさまよい、老松の中に鎮(しずま)る朱塗の春日大社をたずねてゆく。さらに、若草山にのぼる。久しぶりの雨に、古都はしっとりと濡れ潤っていた。・・・」
 この對山褸跡地に20年前に作られた天平倶楽部で食事をした。とても嬉しいことだった。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 会津八一 1273 | トップ | 会津八一 1275 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。