会津八一&団塊のつぶやき

会津八一の歌の解説と団塊のつぶやき!

会津八一 1401

2017-04-25 19:44:13 | Weblog
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「大和路」(堀辰雄)と會津八一13 2013・1・20(日)

 「古墳」の中で柿本人麻呂の挽歌を扱う。會津八一との関連はないが、愛する人がまだ山中に生きてさ迷っていると詠う人麻呂の歌が好きだ。
 「――自分のひそかに通っていた軽(かる)の村の愛人が急に死んだ後、或る日いたたまれないように、その軽の村に来てひとりで懊悩(おうのう)する、そのおりの挽歌でありますが、その長歌が「……軽(かる)の市にわが立ち聞けば、たまだすき畝傍(うねび)の山に鳴く鳥の声も聞えず。たまぼこの道行く人も、ひとりだに似るが行かねば、すべをなみ、妹(いも)が名呼びて袖ぞ振りつる」と終わると、それがこういう二首の反歌でおさめられてあります。

 秋山(あきやま)の黄葉(もみぢ)を茂しげみ迷まどはせる妹(いも)を求めむ山路(やまぢ)知らずも
 もみぢ葉ばの散りゆくなべにたまづさの使(つかひ)を見れば逢(あひ)し日思おもほゆ

 丁度、晩秋であったのでありましょう。彼がそうやって懊悩しながら、軽の村をさまよっていますと、おりから黄葉がしきりと散っております。ふと見上げてみると、山という山がすっかり美しく黄葉している。それらの山のなかに彼の愛人も葬られているのにちがいないが、それはどこいらであろうか。そんな山の奥ぶかくに、彼女がまだ生前とすこしも変らない姿で、なんだか道に迷ったような様子をしてさまよいつづけているような気もしてならない。だが、それが山のどこいらであるのか全然わからないのだ。


 私事だが、今日の早朝義姉のお母さんが94歳で亡くなられた。とてもお母さんを大事にした義姉にこの人麻呂の歌を捧げたい。
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