特別なRB10

昭和の東武バス野田の思い出や東京北東部周辺の乗りバスの記録等。小学生時代に野田市内バス全線走破。東武系・京成系を特に好む

野田市駅~小山経由~岩井車庫線を辿ってみた 1

2016-10-29 18:15:40 | 旅行
野田市駅~岩井車庫線そのものは今なお茨城急行によってバス路線が現存し運行されています。茨急に移管されるまで東武バス境営業所によって運行されていました。そして野田市から岩井市に行くにはもう一つ別の路線がありました。それが小山経由岩井車庫行きです。栃木県の小山と同じ地名だけに遊園地も・・・・・・・・・・・・・・ごらんのようにちゃんとあります。さらに歴史を辿るとかつては「東武バス 岩井営業所」というのがあって両路線ともその管轄だったようです。

 東武バスマニアの方なら誰でもご存知、北越谷駅~下妻駅線も現在の野田市駅~岩井車庫線の経路を走っていました。ただわたくしがバスに目覚めた時にはすでに岩井止まりになっていました。茨城急行が北越谷駅~愛宕駅という路線もやっていて終点愛宕駅で客降ろしするとそのまま回送表示で茨城方面へ向かっていました。
 
 まったく昭和時代の茨急というと地雷が走ってるようなもので、押しても全然反応しない降車ボタン、札を飲み込んだ後小銭が一円も帰ってこない両替器、野田橋あたりで音声機器不調おこしてマイクで運転士のおじさんがダミ声で次停留所アナウンスしてたり、なんだかもう面白ハプニングな記憶しかないんですがそこがまた昭和のバスの味わいなのです。

わたくしの密かな楽しみの一つに車内で路線図をしげしげ眺めるというのがあるのですが、その頃の茨急のはもう、ガリ版刷りのフリーハンド書きの白黒で全路線を一枚に凝縮してみっちり書き込まれ、点鎖線種でしか見分けがつかず何度見てもさっぱり把握できない、そこに書かれている漢字が無駄に「はね・とめ・はらい」がしっかり書いてあるので文字がつぶれちゃって読めない読めない。
 
 しかし車体の塗装が幼時の頃見た東武の青色横縞の旧塗装そっくりなのが魅力でした。自社独自の停留所ポールはなく東武のひまわり型ポールに間借りして東武の幅広い時刻表板の下に茨急だけの細長い時刻表板を付けていました。オレンジ板に青ペンキ細筆描きで分の数値を書いていたのは東武と同じでした。時刻表は付いているのに円板部には社名を書いてもらえてなかったと思いますが、越谷と松伏の境目あたりのしらゆり型停留所が「(北01)(北02)(野03)野田市駅 岩井車庫 岩井警察前」と茨急の行き先をも書いてあるのを見ました。音声テープには商業アナウンスもありましたが、茨城の山深い森の中を走っている最中にいきなり越谷市の結婚式場の案内など流れてきてて面白かったですね。


平成5年頃川間駅周辺で撮った家族写真に写りこんでいた茨急の廃バス。青色横縞ではないけれどサイドに「茨城急行」と書いてありました。



 茨急の思い出はここまでにしまして、くだんの野田市駅~小山~岩井車庫線というのは東武のみが運行しておりました。小山を経由しない方とは違って越谷まで行くことはなく必ず野田市駅を終点にしてました。野田市内だけ見ると現存の茨急のものと同一経路でしたが、岩井に入ってからが著しく異なります。

 以前に当ブログで触れた渡し舟にバスをまるごと乗せていた利根川の「小山の渡し」の近傍、県道岩井野田線を使って岩井市街に達していたもので、平成3年岩井線が茨城急行に移管されたと同時に廃止されたと記憶してますが平成4年刊の『東武鉄道バス事業本部』にはしっかり東武営業路線として記載があるので廃止がいつなのかよくわかりません。


 昭和56、57年頃でも朝・昼・晩の3便しかありませんでした。初めて乗ったとき「七郷経由」すなわち今現在茨急が走っている路線と間違われないように、「はい、おやまけーゆデース」と運転士さんが頻繁にアナウンスしてました。学校が休みの日曜日の昼便、あるいは夏休み、春休みといった長期休暇の平日の朝・昼便に乗ったことがありますが客数は多くても5、6人程度だったような覚えです。それだからこそどれだけ運賃が高かろうとも完乗しなければならない路線だったのです。



赤が小山で緑が七郷のつもりの地図。





境の車両の方向幕は系統番号がありませんので文字枠の横スペースが野田車よりも取れます。
_______________
|             |
|   小 山 経 由   |
| 岩  井  車  庫  |
|_____________|

こんな感じで野田ではありえない経由地横書きとなっていました。野田だったら系統番号と行き先地の隙間に縦書きですから。本郷とか市役所とか。
七郷経由は今でも乗れますから語る必要ないと思いますが小山経由は廃止後これまた乗車記が全く見当たらないので後世のために語らざるを得ません。



愛宕駅停留所を発する野田市駅発小山経由岩井車庫行き。スキャンで潰れてますが幕上部に小さく「小 山 経 由」と書いてあります。
直ぐ後にはおそらく野田市駅行きの大型方向幕車らしき別の車両。いすゞの富士重工3E?( 昭和60年『グラフ野田』)
七郷経由であれば現在の茨急と同じく経由地表記はありませんでした。


さて、調べたところ現在、県道岩井野田線には「ばんどう号」と称する坂東市のコミュニティバスが走っているそうなので乗りバスしながら思い出を辿れそうです。まずは芽吹大橋茨城側まで茨急で向かうことにし、10月某日わたくしは久方ぶりに野田市駅頭に降り立ちました。
   
野田市駅前の茨急バスたち。右の「3043」とあるエルガミオが「岩井車庫」と表示させています。これに乗るわけです。


艤装リフォームでもするのかまめバスに座席シート地が立てかけられてます。


岩井車庫行き11時56分発。30年前と同じく野田市駅前から乗りました。昔は「次は総武通運前」といってたのですが今は総武物流となってるのですな。


興風会館。子供の頃見て「ただの古い建物」で終わっていましたが大人になった今改めて見ると実に趣のある良い建物ですな。


なるほど、東武時代は「中央小学校前」と呼んでいたところを茨城急行は「野田中央小学校前」と呼んでいるのか。


愛宕駅で数人乗せて現在市役所がある交差点まで着ました。
東武時代にはこのガストの交差点を右折して南下する野08系統北越谷駅~紫ゴルフ場線というのがあって、やはりわたくし小学生にして完乗しました。
この紫ゴルフ場線については2001年頃ネット上を検索してたらどこかの方が現行塗装車の車両画像をともなって乗車記を記したサイトがあったのでわたくしからお話しすることはありませんが、停留所名については老婆心から物言いをつけざるを得ない点があります。
今日ネット上で「紫ゴルフ場 バス」などと検索すると、庚申塚~中根間の停留所は「宮崎市営住宅」と「法務局入口」であった、と書かれていることが多いのですが、それは中野台から市役所が移転してきたとき以降の新称であって移転前は「畔谷」「鹿島原」といっておりました。

まだ塗装がブルーだった昭和の御世、このガストは「すかいらーく」と名乗っていました。すかいらーくは当時大人気だったアニメ、超時空要塞マクロスとタイアップしていて『味・おぼえていますか』というのぼり旗がはためいていました。リン・ミンメイを演じた若い声優さんは今わたくしが向かわんとしている茨城のご出身でしたね。
このすかいらーくとレストラン森永と16号沿いにあった肉系レストランの「牛べえ」はわたくしと同世代の野田出身者ならよくご記憶であろうと思います。


文化会館入口。ガラスの水垢がひどくてぼやけてますが、この焼肉屋だかなんだかのポジションに以前は野田警察署があり停留所名も「警察前」といってたはずです。いつ移転したんだろう。


 
 この先に下村という停留所が昔からありますが、野田あたりの地名は下と書いて「しも」と読むパターンのはずですがこれは珍しく「したむら」と読むのです。



車窓から見えた「実現しよう東京直結鉄道」とある看板。はぁ、公共交通への意識が低くマイカー依存が高くイオンモール系の店でしか買い物しないマイルドヤンキー化に拍車がかかっている野田にふさわしい言葉とは思えませんな。

 ちょっとバスと違う話になりますが、そも新線というのは既設公共交通線の混雑緩和策として浮上するものであって、東武バスに見捨てられて運行時間中の茨急のバス停にゴミ袋積み重ねて誰もそれをおかしいと思わず、その茨急にまで見放されて1時間に1便あるかないかまで減便されてもケロっとしてるほど公共交通への意識が低い人たちに東京直結鉄道なんてナントカに真珠というんですな。そういえば子供の頃目吹には屠殺場があって豚の悲鳴が聞こえてきたものですが今はどこにいったのやら。さらに言えば、今は国そのものが人口減少していてあちこちの鉄道が旅客減で苦しんでいる。償還計画は何年に設定してるんですか?団塊の世代が車で通りまくって開通10年で無料化した芽吹大橋とは違います。一応東京と名の付くとこまで直結してる春日部とか横浜市金沢区とか人口がもりもり減ってるわけで。そして野田も減ってる。


わたくし池尻大橋付近にも千住大橋付近にも居住歴がありますが、池尻大橋とも千住大橋とも月とスッポンの大橋、「芽吹大橋」がやっと見えてきました。11時56分発で今12時40分。12時台のばんどう号に乗るには到底間に合いそうにありません。


 ふるさとへの深い悲しみと怒りで趣旨がぶれてしまいましたが、次回はいよいよ茨城県へ渡り、小山経由岩井車庫行きのコアな部分を、私怨差し挟まないよう気をつけて辿りたいと思います。他人様の土地なので私怨とかないですけど。
ジャンル:
バス
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