街道を歩く

旧街道を中心に歩く旅日記。歩行距離は1歩60cmで計算しています。

紀州街道(石津川~鶴原)

2016年11月05日 19時54分57秒 | 街道を歩く
紀州街道を石津川から泉佐野市鶴原まで歩きました。

南海石津川駅からスタート地点へ向かう前に、駅から歩いて行ける距離にある堺西年金事務所に立ち寄る。



前回到達地点よりスタート。



石津太(いわつた)神社の鳥居。日本最古の戎社を称しています。
かつてはこの辺りは浜辺で、主祭神であるヒルコ(蛭子命)がこの地に漂着したということになっています。



石津川を渡る。



南朝方の公家であり武将でもあった北畠顕家(1318-38)最期の地。「石津の戦い」で高師直に敗れ、戦死しました。



浜寺公園の松。万葉時代から白砂青松の地として詠われており、現在も松5000本を超える松林があります。



阪堺電軌浜寺駅前停留場。



高石市に入ります。高石神社。神社の説明看板では「たかしのじんじゃ」、高石市の説明看板では「たかいしじんじゃ」となっています。
この近辺が高師浜(たかしのはま)なので、「たかし」という音が先にあって、「高石」の文字が当てられたあと
「たかいし」とも読むようになったのではないかと思われます。高師浜も、『万葉集』などに詠われた名所です。



高石神社からしばらく歩いたところにある、店の軒先にぶら下がった提灯。



堺泉北有料道路をくぐる。



泉大津市に入ります。地蔵堂と供養塔、名号碑で構成される助松村境石造物群(泉大津ふるさと文化遺産)。



大津神社。左端に見えるのは桃をかたどったもので、「陰陽五行厄除桃方位盤」というものです。
桃は陰陽道で魔除け厄除けの果実とされているそうです。



大津神社からしばらく歩いたところにある商店街。商店街に定休日があるというのも珍しいですが、
定休日が日曜日というのもまた珍しいのではないかと思います。



大津川の手前にある、毛布を製造するニシダシンの工場。国産毛布の98%は泉大津市とその近隣で生産されているそうです。



大津川を渡る。



忠岡町を過ぎて岸和田市に入ります。弥栄(やえい)神社。境内に3台分のだんじり小屋があります。



並松町にあるレンガのモニュメント。×マークはセントアンドリュークロスを表しており、×マークが入っているのはこのレンガを製造した
岸和田煉瓦(後に岸煉)を創業した元岸和田藩士・山岡尹方(ただかた、1840-1915)がクリスチャンであったためです。
岸和田煉瓦の製造したレンガは琵琶湖疏水や同志社大学などにも使われています。



並松町にあるだんじり小屋。



岸和田市中心部に入ります。旧岸和田貯蓄銀行(1921年竣工)。後に岸和田中央会館となり、現在は地元の商業協同組合の事務所。



旧四十三銀行岸和田支店(1920年竣工)。現在も金融機関として営業しており、ほぼ建築当時のまま利用されています。



岸和田城の城下町に入ります。岸和田市役所近くにある道標。



真宗大谷派の円成寺(えんじょうじ)。城下町において町家と一体となった景観を構成しています。



紀州街道本町一里塚跡。紀州街道においては、高麗橋を起点として一里ごとに塚が築造されていたとのこと。



地蔵堂としては日本最大級の建物である蛸地蔵天性寺(てんしょうじ)。
蛸絵馬を奉納し、タコを食べるのを我慢する蛸断ち祈願をする人がいるそうです。



泉佐野市に入り、第二阪和国道の「鶴原南」「大藪池」交差点近くにあるこの交差点で熊野街道に合流します。
ここを紀州街道のゴールとしました。街道全体で63919歩、グーグルマップによれば36.3kmでした。



南海井原里駅より帰宅。



紀州街道の歩行ルートです。


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