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子供の頃の「あこがれ」だった☆

2011年04月27日 07時14分48秒 | Weblog

燃えろアーサー白馬の王子 OP

子供の頃の憧れで大好きだったアニメ。

燃えろアーサー白馬の王子。

これは続編。 でも続編の方がとても印象に残っていて、正体を隠して旅を続ける「アーサー」は、私にとって憧れの「dreamed person」だった。

普段は、ふざけてばっかで、面白くて、おちゃらけな性格。 でも旅を一緒に続ける仲間が危機に陥ると、白馬(ペガサス)に乗って登場し、戦って助けてくれる。 小学生のころに観たアニメが、その後もずっと心の中では続いていて、私はこれに「リリー」という名の女の子を加えて、勝手にストーリー(プラスイラスト)を書いていたくらいだ。 小学校4年生の頃から読み始めた「なかよし」は中学校の頃、友達と交互にお小使いで買い、交換して読んでいたっけ。毎日の交換日記にも 「ちょっとストーリー」を書いたりしてね。美術部だったし、遊びのような…でも重要な「自分探し」あるいは「癒しの時間」でもあった。 思春期って とにかく内面に目がいきやすい。 親より親友、さらには自分の世界をとことん追求したい時期だからね。

「正義」だとか「守る」だとか・・・堂々と言えない、どっか、バブルの前で、どことなく鬱っぽい世の中だった。当時は鬱なんて言葉、今のように使われてはいなかったけれど。

中学2年の頃、再放送を見てハマったドラマがあった。森田健作 主演ドラマ、「俺は男だ!」 夕陽をバックに皆が走りだすような真っすぐな青年たち。 こんな時代があったんだ~いいな~正直に生きられて。そう思った。あと15年くらい早く生まれれば良かったなぁって。

日本を飛び出して、ようやく自分に正直に生きられる、自分が作り出した理想の女の子、なりたい「リリー」になれたような気がした。勿論、当時はそんなことは ちっとも思ってはいなかったけれど。

おかしければ笑って、泣きたければ泣く、自分も相手も好きな自分。 信じられる自分。 飛鳥の曲を聴いていた頃、あの頃だけが苦しかった。 信じることが出来なくなったから。 「尊敬から始まった対話。その後、友情へと発展していったと思っていた時期」 それが あることをきっかけに、もろくも崩れたときが 最も精神的な打撃を受けたっけ。 そう、ちょうど今のように。

「何が本当か分からない時がある。 夢に飛び込んで傷付いて知ること」

でも、今、この曲は聴かないんだ。 あの時も「相手も自分も同じ価値観で夢を持っている」と信じていたから傷付いた。 尊敬していた人を信じられなくなった。 あっちこっちで他人を騙して言い寄って、それによって傷付いていた人達。毎日のように職場で会っていたのに、私は何を見ていたんだろう・・・って。

今回は、ちょっと違う。 いや、かなり違う。たかが2、3年のことじゃない。今の気持ちをあえて言うのであれば、「絶対に裏切る筈がない 物語の中の白馬の王子に裏切られたような気分」・・・

だから人と関わりながら、自分の物語を心の中に描いてきたんだった・・・理想を求めて。たくさん読んでいる内に、自分でも書いてみたくなった。それが童話を書き始めたきっかけだったな。

太宰治の作品は大好き。だけど彼の生きざまは悲惨そのものだし、全く感心できない。薬に溺れ、精神病院、何度も自殺をはかり、あげくの果ては浮気相手と心中。 きっと どん底で苦しんだんだろう、だからこそ生まれた小説や童話達なんだろうな。

この2カ月、帰りはバスに乗らずに歩く。5キロの距離。とても歩ける距離じゃないと思っていた。でも「10キロ歩いている」と語る80代の先輩に感化されたのだ。 歩いて見ると、気持ち良かった。4年前もこんな風に、とにかく歩いたっけ。そうすれば、気分もすっきりしたものだ。

さて・・・今日も歩いて帰ろう~☆

 

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