瞬間(とき)の言霊

長い間ご利用頂き誠にありがとうございました。
平成23年5月4日を持ちまして廃止となりました。

撮らなかった写真

2007-07-05 11:13:21 | 古の語部
私にとって雲の上の存在のような大先輩である
品川530さんのブログ「むかし鉄・いま鉄な日々」さん
の所で「撮らなかった写真」というエントリーを拝見
しました。当時食指が動かず撮らなかったもので
あとから後悔するものがたくさんあります。
私も相当考えさせられるエントリーだったので失礼とは
思いながらも今思えばきちんと記録するべきだった
反省を踏まえ、思い残しのあるものをご紹介したいと
思います。

1984年2月、東海道、山陽の大幹線を闊歩し
続けたEF58が荷物列車牽引の大任を終えた。
旧性能機として位置付けられたゴハチは限界を迎え
代替機への交代は急務だった。後継機の選出は
いくつもの案があったが落ち着いたのは碓井越え
の貨物廃止により大量余剰になったEF62の
コンバートだった。

この話は度肝を抜かれた。本来横軽の急勾配区間を
見越して設計された山男が余剰と電暖装備と言う
だけでスプリント区間を走るのは違和感がありすぎた。
曲線通過性能に劣るC−C配列、1:4.44という
ローギヤードなギア比。定格68kmのゴハチに対し
定格39kmのロクニで1000kmの長距離を
性能最高速度限界近くで連続運転をしろと言うのは
壊そうとしているとしか考えられなかった。

恐らくギア比は高速向けに改造されるのだろうとの
予想を裏切りそのままの状態で移動してきたロクニ
たちは連日悲鳴のようなモーター音を響かせて必死に
走っていった。しかしそんな努力も空しく、人気絶頂
だったゴハチを事実上の引退に追い込んだ張本人として
彼らに対する風当たりは冷たいものだった。

晴れ渡り、最高の光線が降り注ぐ午後の白糸川橋梁。
上りの臨時列車までには相当時間があるので下りアングルの
ミカン山に登る。ちょっと前まではゴハチの荷物列車を追い、
アングルの大移動が行われたが同好の士達は上りアングルから
動こうとはしない。順光の最高な条件の中、碓氷で
聞き慣れたあの独特な音を響かせながらロクニは鉄橋を
渡って行く。だが彼にレンズを向けた者は殆どいなかった。
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写真
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4 Comments

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思い残しのあるもの (品川530)
2007-07-05 17:37:57
早速ご覧いただき、コメントいただいたばかりか、過分なご紹介をいただき、ありがとうございます。昨夜は書きながら身につまされておりました。
EF62の東海道時代は、私も思い残しばかりです。土曜踊り子の前に来る荷物列車以外、あまり撮っておらず、このアングルもたしかないはずです。。。
東海道のロクニ (枯れ鉄)
2007-07-05 23:26:38
いえいえ、私も撮っていますよ。ただ、その写真およびネガが見つかりません。もう一度、人生最後の引っ越し(予定)を終えた時点で、最後の家捜しをするつもりです。
もう、すでに枯れ鉄だった時代に、通勤で使う東海道線で見かける、ロクニの姿。無知な私にとっては、歯数比がどうのというより、ただただ正面貫通へのあこがれだけでしたが、東海道線草津−守山でロクニの姿を追いました。
ロクニの姿を捉えた瞬間の満足感は、例えようもなく、今も心に刻まれています。
わたしこそ・・・ (JZX81)
2007-07-06 10:41:35
>品川530さま

いえいえ、こちらこそ東海道のロクニを振り返る
いい題材を提示して頂きありがとうございました。
東海道のロクニ荷物は撮影場所が限定されており
後悔の念が一杯です。こんな思いは二度としたくないと
思いつつも又別のところで繰り返してしまいます。
西のロクニ (JZX81)
2007-07-06 10:44:20
>枯れ鉄さま

当時枯れ鉄さまがお住まいだった西の地方では
ロクニが荷物を牽くようになるまではご覧になれない
機種でしたね。非貫通が主流だった東海道で貫通扉の
ついたロクニはさぞかし違和感のあったことでしょう。

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