悲しみと苦しみの先にあるもの、、、

今夢ありますか?俺はやっと見つけた気がする。その始まりをこのブログにこめて。〜苦しい青春を歩むすべての人へ〜

夢をみている

2012-04-29 01:47:12 | Weblog
人生とは夢なのかもしれない、、、

今夢の最中なのかもしれない、、、

人生という時間や、自分という存在、宇宙規模でみたらほんの一瞬の時間。

そう思うと少し楽になれる。

俺は最近本当にシンドイ。

体が侵されていくのが分かる。

ヤマアラシのジレンマ。

これほど辛いことがあるのだろうか。

俺はこれからどれだけの悲しみをかさねれば、この夢からさめることができるのだろうか。

夢にみていた理想の世界はなく、どんどん黒い世界に流されていくのが分かる。

こんなはずじゃなかった。

俺はそう思っている。

でも、唯一の救いはとなりに寄り添ってくれる人がいること。

どうしようもない俺にもまだ見捨てないでくれている人がいるということ。

その人がいるから俺はまだ最後の最後で踏ん張っていられるのだろう。

もし、もしもその人がいなかったら俺はもうどうでもよくなっていると思う。

自分の人生を、自分の夢を投げ出しているだろう。

でも、俺はヤマアラシ。

俺にはもう味方が誰もいなくなってしまうかもしれない。

ストレスと悲しみと怒りと後悔とで頭がはちきれそうなんだ。

夢をいい夢にするか、悪夢にするかは自分次第だけど、俺はもうどうにかなってしまいそうで、、、

どうかもう俺を許してください。

俺は今悲しみの海で溺れ絶望しながら、それでも生かされているんだ。
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勇気は振り絞るもの

2012-02-13 00:21:52 | Weblog
今日、ある芸能人が言っていた。
勇気は振り絞るもの。

彼は輝いている。
俺はうらやましく思う。

でも、俺もできるんじゃないかと少し希望が出てくる。
きっと今の俺なら出来る。

昔は本当にダメだった。
俺は変化を恐れてた。
プールの飛び込みが嫌いだった。
逆立ちが嫌いだった。
それは普段と違う光景で、そこにいる自分はどうなってしまうか分からなかったから。
でもそんな自分が嫌だった。
逆立ちや飛び込みができる奴は楽しそうだった。

自分を変えたい。
その表現で俺が精いっぱいやったことがグレることだった。
バイクに乗り、ヤンキースタイルをすることが俺の最悪に不器用な表現だった。
でも、それじゃあうまくいかなかった。
だから俺は平和を求めてみた。
俺にしかできないことを求めてみた。
怖かったけどやってみた。
それはそれは苦しかった。
でもなんとか形になった。
それが少しだけ俺の自信になった。

俺のしゃべりを誉めてくれる人がいた。
俺はしゃべることが一番苦手だった。
しゃべることにいつも緊張していた。
今でも緊張するけど、俺のしゃべりを今は誉めてくれる人がいる。
俺は成長した。
それはしゃべることを楽しんでいた先輩に出会ったから。
その先輩に飛び込んだから。
そしてしゃべる楽しさを感じられたから。
今しゃべりは俺の自信になっている。


誰でも、誰でも知らない世界は怖い。
そこに何があるか分からないから怖い。
そこにいる自分がどうなってしまうか分からないから怖い。

でもその先に人生の楽しさがあるのかもしれない。
安定は楽だ。
安定は人を「それでいいや」という気持ちにさせる。

ただ安定が駄目なわけではない。
安定は必要だ。
ただ安定に甘んじては駄目なのだと思う。

人は帰る場所があるから旅ができるのだ。
人は立てるから逆立ちができる。
プールサイドがあるから飛び込みができるのだ。
安定した場所があるなら、そんな恵まれた環境があるなら旅をするべきなんだ。
その先がもし仮に苦しくても、安定したその場所に帰ってくればいいんだから。

俺には夢がある。
ワクワクするようなことをワクワクするような人と一緒にしたい。
その為に俺は一歩踏み出す。

俺はその為に表現する。
俺は今年文章を書くことに、自分を文に表現することに力を入れてみよう。
その先に何があるか分からないけど勇気を振り絞ってもう一歩前へ、、、。


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未来の俺へ

2012-01-12 21:40:23 | Weblog
どうしようもなく悲しくて、、、
どうしようもなく苦しくて、、、
どうしようもなくくやしくて、、、
どうしようもなくもがいていて、、、

そんな時にふと優しく話を聞いてくれて、やさしく励ましてくれる。
青年がそう思った時にそっとそばでそんな風に役にたてる人間に俺はなりたい。

そして青年に自分の人生を少しでも愛おしく感じてもらえたら、、、

そんな人間に俺はなりたい。
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言葉にできない

2011-07-16 07:07:36 | Weblog
俺は今夢の中にいる。


どうしようもなく幸せで、心臓の鼓動が少し早いのが分かる。


4月から俺は都会ど真ん中にある子ども達と触れ合える現場で働いている。
臨床心理士にはならなかったが、念願であった子ども達の役に立てる機会に巡り合えた。


そこは全国でも数少ない子どもの為の総合施設であり、そこに働く全ての人が子ども達の為に働いている。


俺はそこの最も下っ端であるがゆえに、直接子どもと関わることのできる最高の地位である。
俺はそこで日々子ども達と向き合っている。


働き始めて4カ月。
俺はこの職場のトリコになっている。
日々子ども達の様子は変化し、激動の一日が過ぎていく。


都会のど真ん中にある施設だけあり、様々な問題を抱えた子ども達がやってくる。
俺はその痛みと日々必死で向き合っている。


日々後悔の連続である。
俺の言動は正しかったであろうか。
俺の対応は彼らを傷つけていないだろうか。
また、ここに会いに来てくれるだろうか。
一瞬一瞬が勝負であると強く感じる。


ただ、俺は彼らのトリコなのである。
彼らがかわいくて、かわいくて仕方がない。
彼らは複合的な問題を抱えている。
それももちろん子どもの数だけ状況は様々である。
子ども達自身はそうは思っていないであろうが、その多くは恵まれた環境とは言い難い中で育っているように俺は思う。
そして、少なからず影を持っている。
それが深くなれば闇なのかもしれない。
ただ、俺はその影や闇の切れ間に光を時々みることが出来る。
その光に俺は無限の可能性を感じるんだ。
そしてどうしようもなく愛おしく感じる。


心理学出身の上司のおばちゃんが言っていた。
「心理を学んで出来ることなんて、何もないよ。」

全ては現場。
俺は本当に今そう思う。
現場で子どもの日々の日常の質感を感じ、その中での交流から可能性が生まれる。

俺は今、27年生きてきて一番幸せである。
俺は今、生きていて本当に良かった。

俺は苦しい苦しい青春を過ごして、それを乗り越えて、本当によかった。

決してこれからの道も楽じゃないと思うし、今の状況がいつ終わるかだって分からない。

でも、今は今という時を大切にしたい。
今を日々子ども達の為に完全燃焼させたい。

そうしていれば道は絶対に開ける。
そう信じている。
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かっこいい人間

2011-03-02 05:03:56 | Weblog
俺は夢見てた。
かっこいい人間になることを。


ずっとずっと追いかけていた。
かっこいい人間ってどういうことなのかを。


でも、いつの間にかそれが分からなくなっていった。
損得や苦楽、守りに入ることばかりが頭の中に巡り、俺は好きでいられる俺の姿を見失ってしまっていた。


でも、俺は最近ようやく少し分かってきた。


十代の頃の俺は本当に馬鹿な奴だったと自分のことながら呆れる。
本当に不器用で、意地っ張りで、何をやってもうまくいかなくて、、、。
でも、一生懸命にもがいていた。
一生懸命戦っていた。
あの時のそういう実感が俺の中での唯一の誇り。


どんなに辛くても、苦しくても、一生懸命になれることは素晴らしい。
また、一生懸命に共になれる仲間は素晴らしい。
そんな掛け替えのない時間を俺は誇りに思う。


でも、俺の大学4年間はどうだっただろうか。
俺は悔しいけれど、この4年間は不完全燃焼であった。
何か煮え切らない、そんな思いを抱えながら卒業する。


大学生活の中で俺がやってきたことはたくさんある。
俺の中でのビジョンもあった。
大学では、俺という人間を一回フラットにして、いままでやってきたことに捉われずに新しいことにどんどん挑戦して、自分という人間の可能性を知りたかった。
自分は何ができて、何ができない人間なのか。
俺は人生で何を成し遂げることができるのか。
自分なりに一生懸命挑戦した部分もあった。


まず、俺は友達を作ることに一生懸命になった。
このことには自信があった。
以前はシャイで寡黙で人相が悪くてキレやすいといった、近づき難い人間の代表みたいな人間だったけれど、俺を仲間と思ってくれる奴らが十代のバイト先にいたことで、俺は大丈夫だって自信になっていた。
俺が相手を信頼すれば、きっと相手は答えてくれる。そう信じていたし、それは今も信じている。
実際始めの2年間では、沢山の人間に囲まれて楽しい時間であった。何かやる時には積極的にリーダーを買ってでて、多くの企画をした。
ただ、この4年間が過ぎ、出会ってよかった友達と思える人間は残念ながら一人もいない。
俺にも多々問題はあるが、あえて批判をすれば、何かエネルギーのない奴らばかりで俺はどうしても本質の部分で好きになれなかった。
まずこのことが第一の不完全燃焼である。


第二には、俺の将来のこと。
俺は臨床心理士になる為に大学にいった。
その決意は固いはずだった。
今の時代、心に傷をもっている人間がたくさんいる。
このことには人それぞれ理由は様々であるのは当たり前なのであるが、俺はそういう人たちには一つ共通点があると考えている。
それは、一生懸命に生きようとしているということ。一生懸命自分の命を輝かせたいと思うからこそ想い悩み苦しむのである。
俺はそんな人が好きだし、そんな人の助けになれる人間になりたいんだ。
その想いに今でも変わりはないけれど、でも俺は臨床心理士にはならなかった。
この自分の決めたはずの道を真っ当できなかったこと、これが第二の不完全燃焼である。


この二つの不完全燃焼は俺の中で決して小さなことではない。
しかし、この4年間で俺にできたこともあった。


1年の頃から海外に興味を持ち、カナダ短期留学、エジプト孤児院活動、オーストラリア単身旅行などいままで一度も行ったことのない海外各地で新しい文化に触れた。
その中でも俺が自分でやりたいと思い自ら始めたのが、ラオス学校建設活動。
東南アジアの学校を周り世界最貧国の一つ、ラオスに学校を建てることを目標に一つの団体を作った。
ここでもなかなかうまくはいかなかった。本当につらかった。多くの奴らに裏切られ、人間不信になりながら、もう辞めたい、と思いながらも持ち前の粘りと諦めの悪さから、地道に地道に活動した。
人数は大幅に減ってしまったし、目標額には届かなかったけど、最後まで俺に何かを感じてくれた奴らのおかげで、なんとか学校が建てられそうなところまで来ることが出来た。
これは、俺にとって本当にうれしいことだ。


そして、何よりもうれしいことは、かけがえのないパートナーと出会えたことだ。
俺は彼女と結婚したい。
俺は彼女の笑顔を見ることが一番幸せなんだ。
最近俺は彼女を傷つけてしまい大きな過ちを犯した。
決して許されることではないし、本当に傷つけてしまったけれど、彼女は今俺との人生を再び考えてくれている。
俺はそのことが本当に嬉しい。
だから俺は彼女を幸せにするために共に成長していきたい。
こんなんで、まだまだ未熟な俺がいうのも何だが、彼女は年的にも5個下でけっして成熟した大人というわけではない。
でも、俺はそんな2人だからこそ一緒に切磋琢磨しながら成長していきたいんだ。
彼女と出会えたことが俺の大学生活で一番の財産だと思っている。



俺が大学生活で見失っていたもの、、、。
大学生であった俺に決定的に欠けていたもの、、、。
それは、俺が追いかけてきたはずのかっこいい人間像への憧れとかっこいい人間でありたいという信念。


「どんなに不器用でも、どんなに変人でも、プライドを持って没頭できることを持てる人間。」


やっぱり俺はそこを見失いたくない。
俺はそんな人間になりたい。
そして、太い芯のある人間になりたい。
それは自分を支え、そして大切な人も守れるような太くて強い芯。


だから、俺は俺の道を信じよう。
何度も何度も転んでいる人生だけど、それでも俺の信念を大切にしよう。
何度も何度も助けられている情けない人生だけど、這いつくばって生きていこう。


今真価が問われている。
かっこいい人間になるための、、、。





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一番大切な人へ

2011-01-24 01:08:07 | Weblog
俺には今大切な人がいる。
その人のことを俺は幸せにしたい。
その人のことを俺は幸せにしたいんだ。
そのことを常に考えてこの1年7カ月過ごしてきた。
俺がその人のことを幸せにしたいんだ。

でも、俺はこの年末年始とてもひどいことをしてしまった。
俺はその人に手を挙げてしまったんだ。
彼女はとてもとても傷ついた。
でも俺は彼女の苦しみを汲むことをせず、俺の言うことを分かってほしいということだけを押しつけて彼女に接していた。

俺はここ最近本当に追い詰められていた。
その追い詰められた状況に俺は甘えていた。
その状況を選んだのは自分だ。
俺が俺自身で今の道を選んでいるんだ。

それなのに彼女にその気持ちを押しつけてしまった。
そこには逃げている俺しかいなかった。
本当に最低な行為をしてしまった。
本当に情けない。

俺は彼女の笑顔が見たかった。
彼女が笑っていれくれさえすれば俺は本当に幸せな気持ちになれた。
俺は彼女の笑顔みたさにその笑顔を無理やり強要していた。

楽しいはずがない。
楽しいはずがないよね。

俺は彼女を見ていなかった。
そこに俺もいなかった。

俺が彼女を笑わせていたいんだ。
彼女も俺と笑っていたかったに違いない。

彼女は今俺を恐れている。
でも、それも当然だと思う。

本当にごめんね。
本当にごめん。

俺は一番幸せにしたい、一番大切な人に恐れられている。

本当に後悔している。
こんなに後悔したことは今までにない。

本当に楽しい1年7カ月だったんだ。
俺のそばにいてくれて、俺のことを本当に好きでいてくれて。
そんな人を俺は傷つけてしまった。
好きで好きでしょうがないのにそんな彼女をきずつけてしまった。

彼女の心境を想うと本当に情けない。
好きで好きでしょうがなかった人を私はなんでこんな風に思わなきゃいけないの?
と言われた。
俺のせいだ、、、
本当にごめんなさい。

俺は本当に生まれ変わらなければいけない。
俺は本当にもう生まれ変わる。
俺は彼女を幸せにしたい。
俺が俺の手で幸せにしたいんだ。

彼女はもう俺といることがイヤかもしれない。
彼女はもう俺に愛想をつかしてしまったかもしれない。

でも俺はここで彼女を手放してしまったら一生後悔すると思う。
間違ってるのかもしれないけど、でも俺は本当に諦められない。

彼女といることが俺の幸せでしかないんだ。

神様、、、どうか、どうかチャンスを下さい。
どうかバカな俺にもう一度だけチャンスをください。

もう二度と彼女を傷つけたくない。
絶対に絶対に俺が彼女を再び笑顔にしてみせるから、どうかチャンスを下さい。

本当にごめんなさい。
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俺は間違っていないか、、、

2010-06-10 07:35:21 | Weblog
俺は人生の岐路に今いるのだろう。
人生の岐路というのはきっと一度や二度ではない。
人生を重ねていく度にたくさんの岐路にぶつかっていく。
いままでだってそうだった。
ただ、いままでで一番自分が今岐路に立たされていると感じる。

俺は今何もかもがうまくいっていない気がする。
それは自分を見失ってしまっているから。
自分で臨床心理士になりたくて通うことになった大学という場所。
自分からこれになりたい!と思って動けた初めての行動だったと思う。
自分なりにこの4年間一生懸命だった。
自分の体に耳を傾けながらも無理をし続けた4年だった。
ただ、この4年間で自分に残ったのは「迷い」だった。
たくさんの人間に出会うことができた。
俺はそこからたくさんのことを学んだ。
それは、俺は後悔していない。
しかし、単純に先が見えないのだ。

俺は何をすればいいのだろう。
俺という人間が猛烈に咲き誇れる場所はどこなのだろう。
臨床心理士という仕事は夢のある素晴らしいものであると今でも思う。
人と一対一で深い部分で関わることができる。
まさにそれは俺の夢だと思う。
しかし、一仕事となると臨床心理士というものに疑問を持たざるを得ない。
残念なことに仕事として成立していないのが現実だと思う。
臨床心理士を仕事として働いている人がいないわけではない。
しっかり働いでいる方も確実にいることも確かだ。
だが、その人たちの下には、淘汰された人間が数えきれないほどいる。
それは、医師や弁護士なんかよりもしかしたら多いかもしれない。
ただ、それは医師や弁護士より難しいとか簡単という話ではない。
ただ、職の絶対数が限りなく少ないのだ。
そこで起こるのが、その職の奪い合いだ。
俺はこの現状のせいで、心理を職にする人間が醜く見えてしょうがなくなってしまった。
その職にありつけるのは、ほぼコネが大半をしめているのだが、コネを探して、ゴマをする人間が急増してしまうのだ。
まさに猫のフンのようだ。本当に醜い。
だが、それはある意味では間違っていないと思う。
やりたいことをやるためなのだから。
しかし、俺にはできない。
自分の人生を自分で切り開けない人間がどうして人の悩みを紳士に耳を傾けることができようか。
今の日本の心理の世界には、その道を志す人間が最も必要な「主体性」をなくしてしまうシステムが確実に存在している。
俺は、大前提として自分を生きられないような自分になりたくないんだ。
そこが、俺の迷いのスタート地点だ。


今塾の講師を本気の仕事にしようかと考えている。
子どもと関われる仕事に俺は就きたい。
子どもは単純に俺に元気をくれる。
子どもの成長力は人に夢を与えてくれる。
そして、子どもにも何かを与えられる人間に俺はなりたい。
子どもがこれからを作っていくんだ。
少しでも誰かに笑顔を咲かせられる人間に俺はなりたい。
俺は大学生になってから4年ずっと塾講師をしてきた。
塾講師として子どもを見てきて思うのは、子どもの大半は勉強が嫌いだということ。
嫌いでなくても、何の為に勉強をするのか分からずにただやらなくてはならないものだから、という親からの刷り込みによって取り組む子がほとんどである。
俺も子どもの頃そうであった。
でも、今の現状は子どもたちがかわいそうだと俺は思うんだ。
大前提として子どもは勉強することは必要である。
なぜかといえば、子どもは0からのスタートだからだ。
世の中で生きていく為の知恵を大人になるまでに修得する必要がある。
太古の時代であれば、それは狩りの仕方であったりするのだろう。
しかし、今の文明の時代には様々な複合的な要素が絡まりあって社会が成立している。
それに、順応する為には、そのベースとなる勉強は必要なのだ。
ただ、その必要性を子どもたちは全くと言っていいほど自覚していないのだ。
子どもたち自身がそれを自覚するのは確かに難しいが、それは不可能ではない。
ちゃんと常に大人たちが説明してあげればいいのだ。
中途半端にごまかしで、勉強しないと将来大変だ!とか言うから子どもたちは路頭に迷うのだ。
子どもたちがまず勉強の必要性を論理的に自覚し、そこから楽しさを見出せるようになり、主体性を自然と持てることが理想なのだ。
塾講師はそのお手伝いをしてあげる仕事であり、また一方で人対人としての関わりも持てる仕事だと思うのだ。

今の現状の中で俺は確信めいた自分というものが薄れてしまっている。
しかし、こんな状態だけれでも俺は今やっていることをまず諦めずに続けたいと思う。
俺は大学生活の中、ラオスに学校を建てる為の団体一から作った。
俺は大学生活の中で自分の信念にのっとって、何かを成し遂げたかったんだ。
正直うまくいっているとは到底いえない。
いつ日の目をみるのかは分からない。
正直本当にしんどい。
でも必ず、必ず日の目を見る時が来る。
俺はそう信じている。


今を噛みしめてこの岐路を精一杯生きていきたい。
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ここ一番の踏ん張り

2010-01-29 02:23:35 | Weblog
いつの間にか「男として」って考えることが少なくなっていた。

俺は男らしい生き方をしてきただろうか。

俺はいつも逃げて来ただけじゃないだろうか。

絶対に逃げちゃいけない時がある。

体を張らなきゃいけない時があるんだ。

俺には守りたいものがたくさんある。

俺の中にある濁っているけど、まだなんとか生きているプライド、、、

こんな俺をなぜだか好きだといってくれる彼女、、、

俺に惚れていると言ってくれた友達、、、

絶対に守らなければいけないものがあるんだ、、、

絶対に守らなければいけない瞬間ってやつがくるんだ、、、

その瞬間に逃げちゃったら、自分がどんどん信用できなくなって、後ろしか見れなくなって、嫌いになって、腐ってしまう。

絶対に逃げるな!!!
絶対に逃げるな!!!
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エネルギー行方不明

2009-12-05 16:40:10 | Weblog
体から力が湧いてこない。

理論に塗り固められた目標だけで、心から湧いてくる目標を喪失してしまったようだ。

なぜ俺は今の俺なのだろう。

三年前心から大学というものにあこがれて入学した。
俺はそこに辿りつくまで、現役の子より五年多くの歳月がかかった。
そのことは何も後悔していなかった。
むしろ、いい人生経験ができたと自分の生きた道を誇りに思っていた。

しかし、俺は今自分の生きた道を否定する道に進む未来を考えてしまっている。
誰に否定されるでもなく、自分に否定されることが一番つらい気がする。。
周りのだれかであれば、しらねえよ。ですむ話だ。
でも自分の声はそうはいかない。

人間を好きになれていた俺はどこにいった、、、
俺はみんなを好きになれていたから、みんなとうまくやっていけていた、、、

相手が自分のことを好きでなくても、俺から相手を好きになることができていたんだ。

だから、相手の心の壁を切り裂いて仲良くできていたし、そうして巡り合った人達は俺の目にはキラキラした財産として映っていた。

なのに、いつからだろう、、、
友達とか助け合いとかそういう言葉に輝きを感じなくなってしまった。
頭では大切なのはわかっているのに、リアルな輝きがなくなってしまった。

俺が信じられるものってなんなのだろう。
今言えることは俺は自分が一番信じられない。
自分の気分で恐ろしく人間がかわってしまう自分が、、、

あの頃のエネルギーはどこへいってしまったのだろう。

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表裏一体

2009-11-20 05:01:29 | Weblog
疲れた。
本当に疲れた。

俺は今になってまた自分という人間に疲れてしまった。
また、ほとほと呆れてしまった。

今の俺の生活は大学生として学校に行くこと。それにボランティアで小学校に行き、バイトで塾講師をし、彼女のもとに通い、NGO設立の為に日々資金繰りに頭を悩ませ、大学院の為の勉強に追われる。

もう正直いって訳がわからない。
人間の生活というものはバランスがとても大切で、ひとつうまくいかなくなるとバランスが崩れるのでその度に微調整して生きていかなくてはならない。
やっていることが身の入ったもので、いろんなものに手を出していない状況であればまだ微調整はそれに対してだけすれば改善が見込める。
しかし、たくさんのことに手をだしてしまうと、それらすべてのことを配分から取り組み方まで1から考えていかなければならない。
俺はその作業にほとほと疲れてしまった。
というよりは、とてもバランスの取れた状態ではない。

自分の人生は一つだけなのに、自分はこれがやりたいということを見つけたはずなのに、少し弱気になると欲張り根性がその隙に入りこんできて俺は俺を見失ってしまう。
弱気な自分が生まれるとたちまちにそれを隠そうと強情な自分が生まれ上っ面をそれで固めるんだ。

色々色々考えてしまう。
臨床心理士になってからの選択。民間の医療カウンセラー、スクールカウンセラー、公務員職、民間カウンセリングセンター職。
どれも不安定だったり募集的に超難関だったりするものばかりだ。
そもそも心理職は仕事として確立されていなさすぎる。
求人は他の資格職に比べてないに等しい。
待遇も劣悪である。

こんなことなら、いっそ他の道も考えてしまおうか。
精神科医になろうか、、、。
今からだったら一人前になれるのは35歳ぐらいだろうか。
お金はどうするのか、、、。
親に頼むか、、、。入試も親の力か、、、。
精神科医なら待遇は良すぎるくらいにいい。
そんなこと考えるんだったら、いままで勉強しておけばよかったか、、、。

、、、。

冗談じゃない。

そんなこと冗談ではすまない。
俺の全てを俺自身が否定して生きていくのか。

俺は自分の人生を生きたかった。
俺は自分の手で作った自分の為のフィールドを手に入れたかった。
だから、いままで自分と闘いながら、世間の目と闘いながらなんとかやってきて、今を生きているんじゃないのか。

俺は逃げてる。
俺は自分の弱さからまた目をそらしている。
俺は何か架空の全能感のような幻覚に酔ってしまったのか。

勘違いするな。
俺は弱い人間なんだ。
人一倍弱い人間なんだ。
友達や恋人や家族というような周りの人全てが俺を支えてくれていなければすぐ倒れてしまうようなポンコツなんだ。

そんな周りの人に対する感謝を忘れてはいけない。
俺を支えてくれていることに慣れてはいけないんだ。

俺は楽しい人生を送りたい。
俺はポンコツだから何にも才能があるわけじゃないけど、みんなが支えてくれたお返しとしてせめて一緒に笑っていたい。
そういうものが俺の本当にほしいもののはずだろ。

だからこそ今の俺はおかしい。
絶対におかしい。

こんな時だからこそ、自分のそばにあるものから目をそらさず、もっと今を見つめるんだ。


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幸福感

2009-08-19 04:40:13 | Weblog
人間の幸福感というものは難しい。

すべてはバランスだと思う。

友達、恋人、地位、お金、家族、成し遂げたこと、、、

周りを取り巻くバランスがうまく釣り合って初めて自分の自己効力感が上がり、幸福感につながっていくのではないかと思う。

ひとつ飛びぬけていいものがあったとしても、俺は決して幸福であったとはいえないと思う。
確かにそれででも、ひと時の幸福感は得られる。
しかし、後から何か物足りないという空虚感に襲われてくる。

それは、自分の中でバランスがとれていないから。
しかし、うつりゆく環境の変化の中でバランスを取り続けることは並大抵のことじゃない。

俺はよくバランスを崩す。
それは一つのものに目が行ってしまうと周りが見えなくなってしまうから。
そして視野が狭くなっていく。

今の俺はそういう状態。
今の彼女との関係。
俺は彼女を好きだ。
すごく大切に思っているし、すごくいい子だなってほんとに思う。

だから、彼女への思い入れが強くなってしまう。
そうなると周りがだんだん見えなくなっていくんだ。
周りには、彼女以外にもたくさんの仲間が支えてくれてるのに、俺は彼女以外の人間をふと気づくと軽視しているんではないか?と疑問に思ってしまうことがある。

過去の過ちはおかしたくない。
周りの人間ももちろん嫌な思いをするだろう。
お前変わったな、、、って思うやつもいるだろう。
俺のバランスが崩れてしまったら、一番苦しむのは自分なんだ。

俺は何を守り、何を壊したいのか、、、。
それがいまいち曖昧になってしまった。

友達、恋人、かぞく、、、守りたいものはたくさんある。
ただ、その中で何を一番守りたいのか、、、
それはそもそも決めなきゃいけないことなのか、、、
バランスをとりながらうまくやっていく方法はないのか、、、

それは何者でもない俺がしっかりすること。

俺が俺を守るスタンスをとること。
そして俺が俺を成長させる為に俺を壊すスタンスをとること。

この両極を自分の中でのバランスとしてもっていくこと。
周りを笑顔に、、、
俺を笑顔に、、、

全ては自分次第。
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恐怖と信念

2009-08-02 10:59:47 | Weblog
俺はまた弱い人間になり下がろうとしている。

弱音の吐けない人間に。

俺は強くないから、弱い自分を隠して生きていくのは本当にしんどい。

周りの人間に隠して生きることはできたとしても、自分自身に隠して生きていこうとすることが一番しんどいんだ。

俺は今たくさんの仲間をまきこんで、大プロジェクトに挑もうとしている。

俺の中ですごく覚悟のいったことだったけれど、俺は今本当にしんどい。

今の俺があるのは全て友達や仲間がいたからで、俺はそれを失う怖さにさいなまれながら生きている。
たくさんの人からお金を預かりそれを元手に俺は前に進もうとしている。
でもそのお金たちは俺に対する期待であり、それが大きくなればなるほど、俺が追い込まれていくのが分かる。
まだ何もない段階で出資してくれるということは、俺という人間を買ってくれたからこそだと思うし、俺はその大きさをすさまじく感じている。
金の切れ目が縁の切れ目であるとも思うし、お金というものは本当に怖いものだと俺は思う。
ただ俺が周りの人間に支えられて、行動を起こせることはうれしいことだとも思うんだ。
俺にはこんなに仲間がいるんだと思うと共に俺の中で絶望的な何かが最近起こるんだ。
それはきっと俺の人格を揺るがすような大きなことをやってしまっているということ。
俺は俺という人格を守る義務がある。
だから、今俺がやっていることは恐怖なんだと思う。
誰これかまわず手をだしてしまうべきではなかったと今後悔している。

今の団体は濁りが多すぎる。
それは俺の不安要素そのもの。
今からでも遅くないのかもしれない。
立て直さなければ、、、。
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いままで積み上げてきたもの、、、

2009-07-21 01:08:16 | Weblog
このブログを見てくれている皆様、本当にご無沙汰しています。
そしてごめんなさい。
これからもどうぞよろしくお願いします。


この2か月間俺は激動の日々を過ごしていた。
この2か月はもしかしたら俺の人生の分岐点となる2か月だったのかもしれない、そう思うくらいの2か月だった。

大きな大きな俺の周りの状況の変化としては、俺に彼女ができたことだ。
前回書いた文を読み返してみて、俺は今ある状況の幸せさを改めて実感した。
俺のことを好きだと言ってくれる子が前回の記事を書いたすぐ後に現れたのだ。
とても意外な子だったけれど、あの時の俺にとって、すごくすごく嬉しいことだった。
俺なんかでも、好きになってくれる子がいるということがものすごくうれしかった。


あまりに意外だったので、その場で返事ができなかったが、ちゃんと向き合おうと思ったし、その子のことをもっとちゃんと知っていきたいと思うことができた。
その子は俺にちゃんと想いを伝え続けてくれたし、彼女はそこから逃げることはなかった。
俺はそんな彼女に惹かれていく自分がいるのが分かったし、彼女のそばにいたいと素直に思うことができた。


そんな彼女なのに、やっぱり最近どうもうまくいかない。
それはまた俺に原因があることだ。
俺は今彼女のことをすごく大切にしたいと思っている。
でも、一方で俺は彼女に固執してしまうことをものすごく恐れている。
俺という人間が、今の俺でいられるということは、紛れもなく周りの仲間とたくさんの友好関係を築けてきたからだと思っている。


一人の人を好きになることによって、俺はその友好関係は一気に崩れていく危険性があるものだと強く感じてしまう。
好きになれば嫉妬もするし、彼女のことを好きでいるあまり、彼女のために、、、ということを常に考えてしまうし、逆に、周りの友達のことを考えられなくなっていってしまう気がする。


そうなると、俺という人間自身うまく機能しなくなってしまうんだ。
俺はそれを18歳の時に一度経験し、その時は自分が壊れていくのをただただ待つしかなかった。
だから、俺はそうなってしまうのが死ぬほど怖いし、俺は今その入口に足を踏み入れている気がしてならない。
だから、俺は自然と彼女から距離を置こうとしてしまう。
本心じゃないのに、彼女が俺のことを嫌いになっても別にいいや、とも思ってしまう。


俺は彼女を大切にしていきたいけれど、そのバランスのとり方が本当に難しい。
うまくやっていくためには俺がしっかりしなくてはならない。


俺が俺の人生を作っていかなければならないし、俺が彼女とつき会うということを決めたのだから、そのことにちゃんと責任を持ちたいとも思う。
だから、その中で俺が今できることをしっかり考えて逃げずに実行していかなければならないんだ。


逃げるな俺、、、逃げるんじゃない。
目の前のたくさんの壁に堂々と立ち向かえばいいんだ。


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求められない出会いもある、、、

2009-05-08 04:46:05 | Weblog
俺は俺を受け入れてほしいのだと思う。

俺は俺を守る為に、俺が好意を抱いた人にはどうしても俺のことを好きになってほしかったのだと思う。

以前大学の教授が「人は誰にもに好かれることなど、ありえないのだ」とおっしゃっていたことを思い出した。

生きてきた道のりは十人十色で、そこから育んできた価値観や性格、そこからにじみ出るオーラも十人十色。
それは誰にも変えることはできない。
そんな中で人と人がどうしても交わりえないことはあるのだと思う。

また、誰にもすかれているような人がいたとする。
その人は一見誰にも好かれるような人に見える。
しかし、世の中には誰にも好かれていることが好きではないという見方をする人間も必ず出てくるのだ。

俺は誰にもに好かれたいと思っているのだと思う。
それは俺という人間を俺に関わる全ての人に受け入れてもらうことによって、俺の自尊心を守るためで、きっと周りの人の為じゃない。

だから、恋愛では絶対的に俺のことを好きになってもらわないと困るんだ。
だから俺は必要以上に必死になって、素の自分以上によく見せようと自然としてしまっていたのだと思う。

俺は素の自分に圧倒的に自信がない。
本当の自分は一日中何もしないでゴロゴロしているようなどうしようもない奴で、臆病でだらしのない男だと思う。
俺はそれを死に物狂いで隠すために生きてきた。
それを成長と言えば聞こえはいいが、素の自分がどこにいるのかを麻痺させていく途方もない作業だったように思う。
俺はそういう風にしか生きてこられなかった。

ただ教授がいうように、全ての人に好かれるわけはないのだということを俺は本気で受け入れなければならない。

俺がいくら努力しても、もがいても、俺という存在は万人に受け入れてもらえるわけではない。
そしてそれは俺が好きになった人かもしれないということを、、、。

俺がもし振られても、俺がもし傷つけられたとしても、それはしょうがないことなんだ。
それはむしろ大したことじゃないんだ。
当たり前なんだ。

俺のことを好きになってくれて、また俺もその気持ちに応えたいと思えること。
俺が誰かのことを好きになって、また相手も俺の気持ちに応えてくれるということ。
それが人生においての『縁』というものであり、これを我が人生を賭けて大切にしていかなければならないのだと思う。

この人間関係における不条理を受け入れられない自分がまだ確かにいる。
でもそれは『しょうがない』ことなのだ。

俺は恥じることはない。
俺は自分をさげすむことはない。
それが当たり前なのだから、しょうがないんだ。
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悲しみは終わらない、、、

2009-05-06 05:19:50 | Weblog
またか、、、。
またか、、、。

俺のなかでなにかが壊れた。
俺は6年半前のことを再び思い返した。

今の俺を苦しめているのはまたあの時の爪痕。
あの時の呪縛からまだ俺は解放されていないんだ。

俺は解き放ちたい。
俺は解き放たれたい。

俺を爆発し、俺は壊れ、そして純粋に人を思うことを表現できるようになりたい。

今の俺ではだめなんだ。
6年半必死で自分を守ってきた。

もう守る必要はないだろう?
何を守るものがあるというのだろう、、、。
もういい加減よせよ。
俺にとってしゃべることは守ることだったのだろうか。

俺の全てを解き放っても俺はもう何も怖くはないはずだろ?
俺は俺を知ってほしい。
だから俺を知ってもらえるように人と付き合わなければいけない。

無になって解き放て。
無になって素直に愛せ。


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