■単行本まで何マイル?(仮)

漫画家・由伊大輔のblog
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◆ 過去作品・掲載スケジュール

NEW ! 12月29日 集英社・ジャンプ+にて読切漫画36ページ掲載中
※アンケートはページを最後までめくると出てくる「いいジャン!」ボタンになりますが、アプリで読まないと押せないようです

『温泉幼精ハコネちゃん』2巻とアニメの続きの6話分を常時掲載中!
・その他、過去作品は こちらを参照ください。

今まで描いた出版社・掲載誌の話

2017年02月19日 | ●漫画制作

2010年の読切デビュー、2011年の連載デビュー以降、色々な経過を辿って去年から今年にかけては集英社さんに持込をしているわけですが、今まで描かせていただいた出版社・雑誌を一覧にしてみました。

フレックスコミックス フレックスコミックスブラッド
富士見書房(KADOKAWA) ドラゴンエイジ、エイジプレミアム、アンソロジー
アプリックス コミックメテオ
スクウェアエニックス アンソロジー
メディアワークス(KADOKAWA) 電撃マオウ、アンソロジー
竹書房 まんがライフMOMO
一迅社 アンソロジー
秋田書店 別冊チャンピオン
集英社 少年ジャンプ+

となっています。たった6年の活動歴にしては、やけに多くなっております。連載をいくつかやらせていただいて単行本が世に出たおかげで、近年の仕事はほとんどが先方からお声掛けいただいたのがきっかけで始まった案件なのがその理由です。現在通っている集英社さんに関しては完全に自発的な持込ですが(^^;

気付けば随分いろいろなところで描いてきて、編集者・編集部との付き合い方というのがやっと最近少しずつわかってきた気がします。漫画家志望初心者の頃は、よく持ち込んで名刺をもらった時に「いい編集者に当たったか」を気にする人がいますが、副編集長とか編集長みたいな肩書きが無い限り正直ワカランものです。一応プロとして5年やってきてやっと少しわかってきたかも?と思えるようになってきた感じです(それでも多分わかってなさそう)。

2月はずっと持込漬けで忙しいのですが、このあと3月に向けて更に加速していきそうです。次の作品が読切になるのか連載になるのか全くわかりませんが、いずれにせよ今年も出来る限り作品を多く世に出していきたいですね。

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『弓塚さん』について

2017年02月09日 | ●漫画制作

少し間が空いてしまいましたが、読切掲載から1ヶ月以上が過ぎました。少年ジャンプ+アプリ版のほうで一般公表されているランキングを見ていただいていた方には読切のアンケート結果は大体見えていると思いますが、『弓塚さん』の残した結果は割と良いものだったのではないかな?と思うので、作者としては業界最高峰である少年ジャンプの読者層に、それなりに受け入れてもらえたということで一安心というところです(掲載から1ヶ月で集計終了となるようで、現在はランキングからは消えています)。

自分の中では4コマ以外では初の「まっとうなラブコメ」であり、一度描いてみたかった作品でした。これをジャンプ+持込のひとつの結果として昨年のうちに送り出せたのは非常によいことだったなと感じています。このあと、『弓塚さん』が連載に向けて動いていけるのか、それは編集部サイドの判断によるので作者にはなんともいえないのですが、出来る限り実現に向けて頑張って行きたいと思います。

今後はバクマンでおなじみの「連載会議」というやつに挑戦を続けていくことになります。ジャンプ挑戦開始から現在でおおむね10ヵ月弱、次の作品は集英社で連載できるのか他所の編集部になるのか、現時点では全く予測が立ちませんが、しばらくは全力で頑張ってみようと思います。

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デビュー前のお話(5)

2017年01月29日 | ●漫画制作
さて、2010年夏に企画を立てたテニス漫画の話です。この作品でダメならもう間に合わない、という背水の陣での作品となりました。アシスタント出身なので、作品の背景などで他の作家に差をつけられないかと考え、舞台を実在の場所に設定する手法をとりました。作品の舞台を坂と港があって画面映えする「横浜」に決め、実際に取材に行って写真をたくさん撮り、それをもとに背景を起こすという手法をここで初めて採用しました。つまり、後の『ハコネちゃん』でやった手法であり、これも作品の形にはならなかったものの、この後に大きな影響を残したといえます。つまり、漫画家にとってはボツ案も何かしら後に残るものだというのがよくわかります。







これ以上は無理というレベルで気合を入れましたが、これもネームがなかなか上手くいかず連載を決められないまま秋を迎えます。そのくらい連載を取るというのは大変なことなわけです。で、この辺りの絵を当時もちょこちょこブログに載せていたのですが、このことが大きく運命を変えます。

2010年秋のある日、富士見書房(現KADOKAWA)・月刊ドラゴンエイジの編集さんから連絡を受けました。実はアシスタント時代はドラゴンエイジ編集部付きで合計4人くらいの作家さんのところで手伝いをさせていただいていたため、その関係かな?と思って話を聞くと、「ブログの絵を見たので、一度打ち合わせしたい」との内容でした。つまり、アシスタントとしてではなく作家として打ち合わせしたいという話です。

もしかしたら何か仕事でももらえるのかと喜び勇んで打ち合わせに向かった私ですが、結局先方の用件は「いい案ができたら是非見せてください」ということでした。つまり、既に漫画家としてはデビューしていたし、ブログを見る限り作画力には問題がないため、ネームでいいからドラゴンエイジ編集部に持ち込みしてね、というお誘いでした。ある程度「仕事をもらえるのでは」と期待していたので大いに落胆したのを覚えています。しかし、この時の自分は落胆しているヒマなどありませんでしたので、即座に行動を起こします。フレックスコミックスで連載が取れず行き詰っていた自分としては、これは大きなチャンスに思えましたから、フレックスコミックスではまた新たに出てきたコミカライズのコンペを受けつつ、富士見書房にもオリジナル漫画の企画案の持込を開始しました。この時の自分の異常な前向きさと行動力は今でも見習いたい部分があります。

幸いなことに当時の(KADOKAWAになる前の)富士見書房編集部はフレックスコミックスどころかもう本当に夜学の校舎から徒歩数分という至近距離であり、夜学の空き時間に何度も持ち込んではボツを出されながらも、11月頃にやっとモノになりそうな案が出てきました。打ち合わせ中に出た富士見さんの希望は「作者のフェチ要素の出た漫画」で、その結果生まれたのが初連載作である『ぺろわん!』の原型でした。これが2011年1月末には連載が確定し、フレックスコミックスのコンペには断りを入れて、2011年春からの『ぺろわん!』新連載に向けて全てが動いていくことになり、ついに漫画家として独立するという流れになるわけです、というところでこの話はおしまい。ここまで書いて思い出しましたが、この辺りの簡単な経緯の話はここでは初出ですが、『ぺろわん!』1巻巻末の漫画に少しだけ描いてありましたね。



当時のブログでは途中経過を全部とばして2011年3月に唐突に富士見さんで連載が決まった感じに書かれていますが、これはそれまで年単位で持ち込んでいたフレックスコミックスではない編集部からの突然の連載デビューということでなんとなく後ろめたさを感じたのと、あとは通っていた夜学の卒業研究期間にもぶつかってしまい、色々と考える余裕が無かったためです。

そんなわけで5回に分けてお送りしてきました、持込&読切デビュー&連載デビューの細かい経緯でした。こうして振り返るとボツになった連載案もその後の自分の連載作品に色々と影響を及ぼしているのがわかります。いつか『ハコネちゃん』アニメ化や少年ジャンプ+挑戦の経緯も、こんな感じで話せればいいなと思います(苦笑)。今はとにかく目の前に仕事に打ち込んで、また連載に復帰できるよう頑張って行きます。

さて、次は何の話をしましょうか。掲載から1ヶ月過ぎたので、弓塚さんについて軽く振り返る感じとかかな、、、。

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デビュー前のお話(4)

2017年01月22日 | ●漫画制作
正確にはここからは「連載デビュー前のお話」ですが、そもそも2010年1月に読切が載って漫画家としての由伊大輔はデビューしましたが、実態はまだ会社員でした。連載を取らなければ漫画の収入で生活を成り立たせることは出来ません。1年後の2011年の春には夜学卒業が迫っており、資格取得と共に本格就職が待っていましたのでラスト1年の勝負です。

そんなわけで読切掲載以降、ひたすら連載案を提出したりコミカライズの作画担当コンペを受け続けました。とにかく連載が欲しい、連載が取れなければ就職、そのギリギリの瀬戸際を走り続けた2010年でした。最初に出した連載案は能力バトルもので、↓のような感じ。










コンセプトは現代兵器VS能力者な感じでした。編集部にネームまで出したものの、なんかイマイチ的な理由で却下された覚えがあります(詳しくは忘れました)。一番下は『ぺろわん!』読者の方ならご存知、裏ヒロインであるアーシェリカさんの原型キャラです。名前はこの頃からアーシェリカだったと思いますが、ゴスロリがめちゃくちゃ細かく、まだ連載というものがなんだか理解できていないのがよくわかります(結局『ぺろわん!』のアーシェリカさんのゴスロリは作画の手間の少ないシンプルなものになりました)。この作品でも敵ヒロインとして登場、制服のヒロインとバトルを繰り広げます。この案は結局編集部の受けがよくないため凍結されてそのままです。いわゆる能力バトルもののブームが去りつつある今、このままお蔵入りかなと思います。

このあとはとにかくコンペコンペコンペです。コミカライズ案件のコンペを端から受けました。某有名作家さんの小説、某老舗ゲーム会社のRPG、昨今流行の兵器擬人化系、歴史偉人女性化系、そしてエロゲーコミカライズまで5~6本くらいはあったのではないかと思いますが、どれも負けたり企画がつぶれたりでした。正直この頃にはもう連載さえ決めれば絵的にはいつでも商業作品として問題の無いクオリティで作品を世に出せる自信があったので、とにかく何を出しても一向に連載の許可が出ないのは本当にキツかったです。結局何の成果も出ないまま2010年の夏を迎えます。

連載案というのはどうしたら通るのか作家には全くわからない、厄介な存在です。なぜかと言うと、担当編集さんがいくらOKを出しても、編集会議を通らなければ連載にはならないからです。つまり、「これでいいですよ」と言う担当編集さんすら、通る確信がないのです、作家にわかるわけがありません。

コンペに一向に受からないため、今度はオリジナル漫画の2本目の企画を立てます。それがテニスものです。次回はそのお話。

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デビュー前のお話(3)

2017年01月17日 | ●漫画制作
さて、2009年はひたすら持ち込みの年でした。運のいいことに夜学で通っていた学校が飯田橋にあり、フレックスコミックス編集部のある水道橋まで近かったため、結構な頻度で通いつめていました。

最初はまずデビューを目指して案の持込をしていて、この時は「主人公は過去にトラウマがあり、成長してそれを克服する話」という王道漫画を描きました。ちゃんと以前の持込の反省点を生かせていますね、偉い! この作品は2010年の1月にネット配信され無事に漫画家デビューを飾るわけですが、今では配信は停止していて読めません。


↑こんなキャラの漫画でした。巫女さん主役で、ジャンルは妖怪退治モノ。本文は読めませんが、掲載サイトはこちら。あとどうでもいいことですが、サブヒロインの葛城佳奈さんは『ぺろわん!』の葛城綾奈さんの姉と言う設定でした(それなりに似ているはず、、、)。チャンスがあれば『ぺろわん!』で出そうと思っていたのですが、かなわず。


そしてここで特筆すべきことは、人生で初めてデジタル作画を導入したことです。最初の数ページはペンまではアナログで仕上げだけデジタルにして様子を探っていたのですが、途中でペンもデジタルで問題ないことがわかり、すぐにフルデジタルになりました。この作品まではネームはアナログだったので、コピー用紙の切り貼りを随分した記憶があります(この次からはネームもフルデジタルです)。

フルデジタルで驚いたのは、トーンが無料で使い放題ということ、トーンを切り貼りではなく「流し込み」「塗る」感覚で使えることです。これは本当に便利です、アナログの現場でひたすら時間をかけてトーンを削っていたのはなんだったのかと思います(苦笑)。

フルデジタルに移行するのは大変だという人が結構いますが、自分は楽勝でした。なぜなら、ペン入れがそこまで上手くなかったからです。ペン入れが上手い作家さんは、アナログペンをキレイに入れるため・自分の味を出すためにものすごい練習を積んできています。結果、それをデジタルで容易に再現できずアナログを抜け出せません。自分にはそこまでこだわるほどのペン入れテクニックはまだ備わっていなかったので、全く問題なくデジタルに移行できました。正直、運が良かったと思います。

ネームが通ったあとは、夕方まで仕事、その後深夜まで夜学、そのあとの1~2時間と休日を費やしてひたすら作画をしていました。さて、そんなわけで2009年はデジタル元年であり、秋に原稿が完成して2010年1月には読切漫画として掲載され、デビューとなります。

そして、漫画家にとって持込、デビューの次の大きな壁となる「連載」へと向かっていくことになります。次回は連載獲得に向けて長い長い挑戦の日々となる2010年のお話。

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デビュー前のお話(2)

2017年01月13日 | ●漫画制作
そんなわけで2006年の次は2008年の持込となりました。このブログは、この時の持込成功をきっかけに始まっていますので、ここまでが前史になります。

2008年の秋、今度は4コマ漫画での持込を画策します。何故そうなったかというと、その頃は昼間は会社勤めをしながら資格取得のための夜学にも通っており、正直もう30pクラスのストーリー漫画を描く余裕など全く無かったからです。また、夜学のほうで同じく漫画家を目指している人に出会い、その人が4コマ志望だったのを見て、これなら時間が少なくても描ける!と思ったからです(この人も後にプロデビューに成功しました)。で、描いたのが婦警さん4コマ。これを、H社に持ち込みました。


その時の4コマがこれ↑

その時の反応は、普通に批評されて終わりました。絵はまあまあいいけど、もっと百合に振ってみたら、とか言われた気がします(正直うろおぼえです)。今回も名刺は出ず、ガックリきたのを覚えています。で、今回は短い4コマ漫画だったおかげで時間をそこまで掛けていないためガックリ度合いも低く、諦めずすぐに2本目を描きました(前回の失敗から学んでいます)。今度は王道の学園4コマで、自分の好みを全部詰め込んだ作品です。この作品でダメならもうダメだ、というくらい、思い切り好みを詰め込みました。

その時の4コマがこれ↑ 全文はこちら→ p1 p2 p3 p4 p5 p6 連載デビュー作である『ぺろわん!』に続くM気質路線の発祥がここです(苦笑)。この作品と婦警4コマをセットにして14ページで、また2社ほど持ち込みました。S社(集英社ではありません)と、後にデビューをさせてもらうフレックスコミックスです。

S社では普通に批評をされて終わり。もはや想定内だったので次へ。そしてフレックスコミックスでは一通り読んでもらった後、すぐに名刺が出ました。初名刺だったので、これは本当に嬉しかったのを覚えています。ついに自力で名刺を貰った!と。更にここでミラクルが起こります、編集さんに「うちは4コマやってないけどいいですか?」と言われたのです。こちらとしてはストーリー志望なので、願ったり叶ったりです。そんなわけで、持込3作品・4社目にして人生初の持込成功となり、フレックスコミックス編集部に通い始めることになります。

フレックスコミックスというのは現在でいうコミックメテオの前身です。つまり、この初持込成功が、そのまま7年後の『温泉幼精ハコネちゃん』のアニメ化まで直結しているのです。世の中何がどうなるかわからないものですね。この時のフレックスコミックスは新進気鋭のWEBコミックであり、まだWEBコミックが少ない時代の、いわば先駆者的存在でした。WEBなので掲載枠の制限も雑誌より緩く、掲載も勝ち取りやすいと考えてここで頑張っていこうと考えました。

次回はフレックスコミックスでのデビュー読切掲載までのお話。

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デビュー前のお話(1)

2017年01月11日 | ●漫画制作
さて、次の作品が載るまでまたココを更新しないわけにはいかないし、ちょっと過去の話でもします。2009年からつけているこのブログですが、当時はリアルタイムだったので読切デビューと連載デビュー辺りの細かい推移がぼかされています。7年経ってもう時効だと思うので、この辺を少し詳しく書きます(いや、別に何か悪いことをしたわけじゃないですけど)。

自分の持込歴は2006年の秋から始まっています。それまでは月刊誌でアシスタントを勤めており、ようやくまともな作画力がついたので持込を始めたというわけです。当時ハマっていた銃の漫画(西部劇)31ページを描いて、当時月刊少年誌を新創刊したばかりの I 社に持ち込みました。新創刊の頃は新人の数が足りず、採用率が高い傾向にあると思ったからです。

んで、そこで言われたのは内容の不備。若い頃によくやってしまう、「強い主人公が活躍するだけの漫画」だったため、そうではなく、過去を乗り越えるとかトラウマを克服するとかの成長要素を入れなさいと言われ、名刺ももらえずに退散しました。この時の編集さんの意見は至極まっとうでした。勿論世の中には「強い主人公が活躍するだけの漫画」も存在しますが、それは過去に基本・王道をしっかり学んだ人がやっていることであり、新人の時からやるべきことではない、というわけです。今となっては本当に、おっしゃるとおりでございますとしかいえません(苦笑)。


こんな漫画です↑ ガンアクションを描きたくて仕方なかった作品で、肝心なキャラのほうがおざなりになっていた感じ。

この作品を描くのにネタ出しから含めて9ヶ月掛かっており、これだけの時間を掛けてそもそも内容に不備があるというオチで、ものすごく落胆したのを覚えています。このショックで2件目に回る気力もなく、そのまま作品はお蔵入りしました(今思えば何を言われようとも勉強のために何件も回るべきでした)。

で、上記のショックもあって2007年には一旦就職し、次の持ち込みは2年後の2008年になります。ショックの大きさが伺えますが、今にして思えば気にせずすぐに2作目描けよ!って感じです。ほんと、現在では「なんとかなった」ので言えることであり、当時の自分の立場ではあまりにもショックすぎて茫然自失だったのですけれども。勿論当時の自分も理論上はすぐに2作目を描いて持ち込むべき、というのは理解していましたが、実際にこれをやるのはものすごいパワーを必要とするのです。

そんなわけで、次は2008年の持込の話。

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肩凝り予防筋トレ

2017年01月06日 | ■日常雑記

さて、少し前に肩凝り予防に肩と背中の筋トレをすると言いましたが、ちゃんと続いています。まあ、1回2~3分のダンベル運動を日に数回程度なのですが、習慣化に成功しただけでも大きな収穫です(今まではだいたいすぐやめてしまっていたので、、、)。

そもそもことの発端は今回の『弓塚さん』の作画が原因でして、この作品36ページあるのですが、普段ならアシさん1人入れて2週間弱くらいで上げる枚数なのに今回は描き慣れていない読切というのと、久々の長い漫画でかなり気合を入れたのと、アシさん無しで描いたのもあってなんだかんだで3週間くらい掛かっていました。その結果、数年ぶりレベルの強烈な肩凝り頭痛に襲われたわけです。

肩凝りには数段階あります。

第一段階 肩が凝っていると感じる

この段階だと肩だけが凝っているので肩甲骨ストレッチをすれば治ります。

第二段階 肩凝り&首の痛みに発展している

このときはストレッチだけでは無理なので、素直にロキソニンテープを貼ります。

最終段階 肩、首に加えて背中まで凝る

これがクセモノで、背中の凝りは深いところのせいかロキソニンテープも効かず、ハデに動かせない部位のせいかストレッチも効きません。血流の悪化が治まるまでひたすら耐えるしかないのです。揉めばとても気持ちよくて効くのですが、血流改善まで揉み続けるわけにも行かずどうしようもありません。今回はこの段階まで至ってしまったというわけです。

かといって原稿を描かないわけにはいかないので、基本的には避けられない事態なのですが、ならば予防すれば良いのではないか、というわけで背中に負担を掛けても疲労が蓄積しづらいように背中周りの筋肉を鍛えているというわけです。

実際に効果が出ているのかは次の作画期間を経ないとわからないので、またそのうち報告できればと思います。ただ、昨日一ヶ月ぶりにバイクに乗ったら全く肩凝りが出なかったので、こういう部分でも効いている実感はありました(普段は一ヶ月ぶりに1時間も走ると肩凝りが出る)。バイクも前傾で乗るやつは速攻で肩凝り頭痛に繋がるんですよね、、、もうなんでこんな体質的に向いてないことばかりやってんのという気もしますけど(苦笑)。

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『弓塚さん』引き続き掲載中

2017年01月03日 | ●漫画制作

引き続き読切漫画『弓塚さんは今日も的外れ』がジャンプ+にて掲載中です。ジャンプ+は週刊少年ジャンプと同じくアンケートが大事になってきます。+でのアンケートはアプリ版で読み終わったあとに出てくる「いいジャン」というボタンになります、面白かったよ!という方は押していただけると大きな後押しになりますので、よろしくお願いいたします!

さて、去年は持込に追われてここを放置してしまったのですが、今年はもう少し絵をネットにアップすることを習慣化していこうと思っています。読切掲載に向けて先月は結構絵を上げてきましたが、この勢いをそのまま持続していければと、、、どこまで続くかはわかりませんが(^^;

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明けましておめでとうございます

2017年01月01日 | ■日常雑記

というわけで2017年・平成29年の幕開けです! 今年もよろしくお願いいたします。

今年は何はともあれ連載を獲りにいきます。2014年中盤まで『ハコネちゃん』連載、2015年ラスト3ヶ月に『ハコネちゃん』の短期追加連載があって、2016年は初の連載なしの年を過ごし、まるっきり集英社さんへの持ち込みに費やしましたから。去年の春に初めて少年ジャンプ編集部に持込をさせていただいて以降、恐らくデビュー前よりも高頻度で編集部に通っていたと思います。このブログは漫画家志望の心をいつまでも持ち続けているものなので、このへんも赤裸々に表明していこうと思います。

中学の頃の担任の言葉で「とにかくやれ、やれば結果は後から勝手についてくる」というのがありました。持込時代にずっと心の支えにしていた忘れられない言葉なのですが、これは大人になってからのほうが重要であり響く言葉だなと感じる昨今です。2016・2017年もひたすら編集部に通うと言う意味では持込時代のようなものですから、この言葉を忘れないよう頑張っていければと思います。

勿論、ただ「やる」だけではダメで、考えながら正しい方向へやらねばならないのですが、その辺はちゃんと「やる」ことで自動的にわかっていくものですから、やっぱりとにかく「やる」ことは重要なんだと思います。やらないとゼロのままですが、やれば必ず何かしらプラスですから、つまり絶対プラスになるんだから、やらないと損ってわけです(笑)。

そんなわけで、今年もよろしくお願いいたします!

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本年の締め

2016年12月30日 | ●漫画制作

と、いうわけで読切漫画の掲載により2016年もようやく終わりを迎えます。本年は前半は『ハコネちゃん』アニメ化からの引き続き各種イベントをやっていただき、後半はひたすら持ち込みという、2つの局面を経験した年でした。

アニメ化関連では声優さん方のイベントの裏側を色々見せていただけて本当に楽しかったです。おかげで今まで興味のなかった声優さんのイベントにすっかり興味が出てきてしまいました(苦笑)。自分の仕事が落ち着いたら、『ハコネちゃん』でお世話になった声優さんのイベントに、1ファンとして参加してみたいなと思います。

今年の春以降は、正直デビュー前以上の頻度でひたすら編集部通いをしていました。その結果として集英社・ジャンプ+での掲載というひとつの結果が出せたのはよかったと思いますが、まだこれでやっとスタート地点に立ったというところ。漫画家としては、またここから再出発です。

そんなわけで、本年も読みに来ていただいた皆様ありがとうございました! 来年も引き続き、漫画ばっかり描いて生きてる人間の裏事情をちょこちょこ垂れ流していければと思います。

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読切掲載

2016年12月29日 | ●漫画制作

集英社・ジャンプ+のサイトにて、新作読切が掲載になりました。PCでお読みになる方はこちら

内容とかは、もうとにかく読んでもらう感じで。ともあれ、これにてやっと今年の仕事納めが出来ました。今年の年始には予想もできなかった集英社デビューという結果を年内にお届けできたことはとても喜ばしいことだったと思います。なぜか週刊少年ジャンプに絵まで載っちゃいましたし、、、。

そして、いまだに風邪を引きずっているのです、、、もうこのまま正月に突入する気がしますよ。

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読切掲載告知

2016年12月26日 | ●漫画制作
ついに新作読切の告知が出ました。本日発売の週刊少年ジャンプ4・5合併号の巻頭カラーページに、ジャンプ+(少年ジャンプのWEB)での年末年始読切8連弾の1作として新作の掲載が告知されています。


告知は週刊ジャンプに載っていますが、掲載は少年ジャンプのWEB部門であるジャンプ+になります、ご注意下さい。

そんなわけで、やっと読切が告知できて自分の中で今年が終われそうです。今年、ページ数を全然発表できていなかったのは、ほとんど新人状態でゼロから集英社・少年ジャンプ編集部に持込活動をしていたためです。そして、この読切の後もこの状態はまだまだ続くと思われます、引き続き頑張っていきたいですね。

すみませんが、まだ風邪が抜けきっていないので告知のみにて。

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風邪、やっと快方へ

2016年12月26日 | ■日常雑記

はい、数日振りの更新です。何があったかというと、ずっと寝込んでいました・・・いやはや今回ひどかったですね。完全に想定外の事態でした。もうこんな重い風邪を引くことは無いと油断し切っていました。

自分用に経過を書いておくと

1日目 のどがちょっと違和感、熱が37度台。すぐ治るだろうと常備薬飲んで寝る。
2日目 引き続き同じ状態。悪化もしてないので常備薬飲んで寝る。
3日目 悪くもならないけど良くもならないため、医者へ行って薬を貰う。
4日目 急に熱が上がり、喉が痛み出す。熱は38度を突破、39度もちょこちょこ超える。
5日目 38~39度超。喉痛。
6日目 やっと熱が少し下がり38度台をうろうろ。
7日目 喉の痛みが解消、さらに熱が下がって37度前後(微熱)まで戻る。

熱が高かっただけで頭痛がひどいとか吐き気がひどいとかは無かったので比較的楽だったのですけど、大変だったのは、4・5・6日目がほぼ眠れなかったこと。横になると鼻水が出て呼吸を妨げ、咳のようになって目が覚める仕組み。なるほどこういうこともあるのか、と初めての経験でした。かなりひどい風邪でしたが、これでも以前までのに比べると断然マシなのが以前のひどさを際立たせます。以前の風邪は、、、上記にプラスして猛烈な頭痛と吐き気がついてましたから。

まだ完調ではないので、とりあえずご報告のみで。せっかく読切告知までは毎日更新するつもりだったのにガックリです。でも、ギリギリで間に合ったので良しとしましょう。告知、もうすぐです(というか予定ではもうされてるので、確認次第ここでも)。

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風邪2日目

2016年12月21日 | ■日常雑記

うーん、2日目に突入しても熱が下がらないので医者へ行きました。薬貰ってきたので、これで治ると思うのですが、、、熱が38度前後あるのですが、平熱が37度弱なのであまり出てない部類に入るんですよね(医者にも診察で「熱はあるようなないような、、、」と言われました、医者すごい)。おかげで解熱剤を飲むか悩んでまだ飲んでいません。

昼間はずっと寝たり起きたりの繰り返し。2~3時間寝て、1~2時間活動して、また寝て。熱が常時あるので長時間活動できないようです。

とりあえず、体感的には今日で治ると思うんですが、、、結果は明日の日記にて。

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