文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization on September 2016

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

日本が始まって二千年以上の歴史の中で、はじめて外国に占領されたのですから、しようがないと言えば

2017-06-15 09:16:48 | 日記

以下は前章の続きである。

戦後の左翼 

戦争中、旧制中学では、そこから将校に育てたりもするので、軍事教練などもありました。

しかし、軍国主義一色かというと、そうでもなかった。 

私か中学に入った頃、昭和十八年は、戦場がずっと移ってソロモン諸島辺りになっていました。

その頃でも使っていたのは、「キングズ・クラウン・リーダー」という英語の教科書で、表紙にはイギリスの王冠が印刷されていた。

イギリスは日本の敵国ですよ。

シンガポールは昭南島と名前を変えられた時代ですよ。

中には、「トムのお父さんはバンカーです。七時に起きてコーヒーとパンを食べます。九時に銀行に行きます」などということが書かれていました。 

戦争の真っ最中にもかかわらず、英語の時間には先生が入ってくると級長が「スタンド・アップ」と言っていた。

そこでみんなが立つと「バウ」と言う。

みんなが礼をすると「スィット・ダウン」と言う。

それでみんな着席する。

そこから授業が始まります。 

軍国的になった英語の教科書が出てきたのは、昭和十九年です。

私の感覚では「戦争になった」というのはサイパンが陥ちてからです。

それまでは、「どこかで戦争をしている」「いつも日本が勝っているはずだ」という感じでした。

そして昭和二十年になると、東京空襲が始まります。 

ですから、「戦争はひどかった」というのは最後の一年間の記憶です。

あの最後の一年間の記憶がなければ、戦争といっても暢気なものだったと思います。

しかし、あの一年間の記憶が非常に強烈ですから、戦前は悪かった、暗かったということになるのでしょう。 

それからなんといっても衝撃的だったのは、占領されたことです。

日本が始まって二千年以上の歴史の中で、はじめて外国に占領されたのですから、しようがないと言えばしようがない。 

国民は戦争がなくなってほっとしました。

そして、東京裁判が始まりました。

同時に、公職追放令も出ました。 

公職迫放令というのは東京裁判とは別に、直接に国民を震え上がらせたのです。

軍隊の学校にいたとか、少しでも偉かった人は、公職追放令に引っ掛かる。

わかりやすい例で言うと、戦後の日銀総裁で銀行の天皇と言われた人がいます。

一万田尚登氏です。

この方は、戦争が終わった時に、大阪支店長か何かをしていて、日銀の理事に成り立てで末端にいました。 

公職追放令には、重要な機関の上の人は皆、戦争に関係したということで引っ掛かった。

ですから、日銀では理事の末端にいた一万田さんを除いて、総裁以下全理事が公職追放令で追われました。

そうして、今までなんということもなかった人たちが、ぱーっと偉くなるわけです。

日本中に「三等重役」が生まれました。 

だから戦後、公職追放令のおかげで偉くなった人たちは、戦前の日本をよかったとは言いません。

戦後がいいと言う

当たり前です。 

小作人や在日の人たちも、戦後がいいと言う。

税金もかからないし、闇商売でもつかまらないから、こんないいことはないわけです。 

それから、戦後がよかったと言う一番重要な人たちは左翼です。

共産党はほとんど全滅していたので問題にならないんですが、シンパというのが非常に広がっていた。

この稿続く。

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