以下は前章の続きである。
では、日本では何か誕生したかというと、右翼が誕生しました。
もちろん、左翼、共産党もありましたが、戦前の共産党はコミンテルン日本支部共産党と言っていました。
完全にソ連からの指令とお金と武器が入り込んでいた。
しかも、コミンテルンの指示の中には、「皇室をなくせ」というものが入っていたので、徹底的に取り締まられました。
ですから、戦前の共産党というのは、無視できるくらいの勢力でしかなかったのです。
そういう状況であったため、ソ連で革命勢力ができた時、日本では右翼が生まれたのです。ですから右翼は、思想としては共産主義と同じです。
違うのは、共産主義はスターリンやモスクワに忠誠を誓うけれども、右翼は天皇に忠誠を誓うということです。
日本の右翼は、天皇と自分たち活動家の間には何もいらないと考えました。
地主も華族も実業家も何もいらない。
天皇直結、そして民衆の団結というのが右翼の考え方です。
戦前の左翼と右翼は、仰ぎ見るのがスターリンか天皇かの違いだけであって、北一輝も大川周明も、社会的プログラムでは共産主義者と本質的に変わるところがないのです。
治安維持法は第一は右翼を取り締まるため、第二は共産主義者を取り締まるためにできたものでしたが、どちらもまだ大した勢力ではなかった。
ところが、この共産主義と言ってもいい思想が、陸軍下級将校の中に入ったのです。
これが大問題に発展しました。