文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization on September 2016

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

たまたま川で仲間たちと泳いでいると、土手の向こうに、見たこともない立派な自動車が突如あらわれたんです

2017-06-15 12:23:52 | 日記

この特集号Will7月号増刊歴史通は日本国民全員が書店に向かい購読すべき書物である。

世界中の人たちにとっても同様なのだが、それについては、私が出来るだけ伝える事にする。

「東京裁判史観」との戦い

東京裁判は日本を蝕む“梅毒”だ

渡部昇一 上智大学名誉教授

戦後日本の政界、思想界、教育界等を蝕んだ元凶は東京裁判にあつた。

その「病原菌」が日本人に致命的な打撃を与えないうちに根絶する必要がある

長きにわたって日本の精神を毒す 

昭和天皇の大喪の礼が執り行われたとき、終戦直後と比べて、不思議な思いをしたことを覚えています。 

敗戦の後、昭和天皇は日本各地を精力的にご巡幸されました。

未曾有の大戦争が終わって、日本人をはじめ外国人が多く死に、無差別爆撃でいくつもの都市が焼き払われ、あまつさえ原爆まで落とされた。

父母兄弟など身内を失った方たちが大勢いた。

その焦土のなかを天皇が巡幸されたとき、陛下のまわりには護衛がついていなかったのです。 

終戦の夏を、わたしは故郷の山形で迎えました。

中学四年生(旧制)のときです。

たまたま川で仲間たちと泳いでいると、土手の向こうに、見たこともない立派な自動車が突如あらわれたんです。

昭和天皇のご巡幸でした。みんなでお迎えしようと、全員褌一丁のままで、少し下流の橋のたもとへ駆けていきました。 

御車は橋をゆっくりと渡ってきた。

われわれはその御車のすぐ側で出迎えた。

狭い土手の上の道である。

わたしは陛下に触れようと思えば触れることができたかも知れないが、もちろん触れず、御車に触った。

褌一丁でも不敬であるとはまったく咎められませんでした。 

行幸されても、当時は満足な宿泊施設はなく、陛下は県庁の会議室や学校、それもないときは汽車のなかにお泊りになる場合が多かった。

街中を歩いていらっしゃるときには、一般庶民に囲まれて、われわれが触れようと思えば簡単に触れることができるくらいの位置をお歩きになった。

とても身近な存在でいらしたのです。 

そんな懐かしい思い出とは打って変わって、崩御され大喪の礼が執り行われたときの、あの物々しさというのは何でしょうか。

テロなどを警戒して、何万人もの警官が配置され、厳重な警戒態勢が敷かれた。 

この差はいったい何か。

もし昭和天皇に怨嗟があるなら、終戦直後がもっとも強いはずです。

そのときに、天皇は警護もつけずにわれわれのすぐ身近にまで近づかれた。

時代を経るにしたがい、怨みも憎しみも忘れ去られて、陛下の存在がさらに身近に感じられるかと思いきや、大喪の礼では陛下のご遺体に近づくこともできなくなっていました。 

それを見て、戦後日本を変えようとする勢力の考え方が、どんどん進行してきた結果なんだと改めて思わざるを得ませんでした。 

靖國神社にも、天皇はたびたび御親拝されていました。

当時誰もそのことに反対した者はいません。

靖國問題はひとえに日本の宗教問題ですと、決然と言ってしまえばそれで済んでしまうのです。 

イラク問題で、アメリカのブッシュ大統領は領土へ進攻こそすれ、彼らの宗教までは口を挟みませんでした。

宗教とは、優れてその国自体の問題です。

それに対してああだこうだと容喙すれば、国際的にも嘲笑されるだけです。 

中国・韓国に向かって、「内政干渉だ」といくら騒いでも効き目はありません。

現在国際的には、通貨問題など内政干渉をしてもいいという慣習ができています。

ですから、宗教問題として発言しなければ、彼らの難詰は封じられません。 

靖國問題にしても教科書問題にしても、同じ問題がその時々で何度も問題化するたびに、問題自体がより悪質化し根が深くなっていっています。

いってみれば、これは昔の「梅毒と同じ症状ではないか。 

梅毒は、まず硬いしこりや発疹七できますが、自然に消失する。

三か月ほどして、発熱やら関節痛、全6発疹等の症状がでます。

三年後、本身に硬いコブのようなゴム腫が現れ、十年以上放置すると中枢神経が冒され死に至ります。 

いまでは抗生物質などで完治できるようですが、恐ろしい病気には違いありません。

治っては再発し、しかも前よりも症状はひどくなる。 

日本の戦後の思想界には、梅毒のように働く病原菌が巣食っていると考えていいでしょう。その菌は何か。

それは東京裁判、あるいは東京裁判史観です。 

東京裁判で唯一「日本は無罪である」と述べたインドのパール判事は、「東京裁判は、原爆よりも日本の精神を長き世にわたって毒す」という趣旨のことを言いました。 

東京裁判について、日本人はそろそろ決着をつけないと、梅毒の症状はますます進行し、脳に到達するのも時間の問題といえます。

とくにこの黴菌は教育界を侵していますから、戦後の教育を受けた人たちはすでに梅毒菌を保持しているようなものです。

この稿続く。

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