文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization on September 2016

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

アメリカ国民は、自分の国が第一次大戦で参戦し多大な犠牲を払いながら、得るところが少なかったことをまだ覚えていた。

2017-06-17 09:03:32 | 日記

以下は前章の続きである。

三国同盟とシナ撤兵 

日本はアメリカの強固な対日制裁を受けながらも、アメリカとの対話をつづける努力をしていた。

ルーズベルトは日本を撃つべしという腹はあったものの、アメリカ国民は、自分の国が第一次大戦で参戦し多大な犠牲を払いながら、得るところが少なかったことをまだ覚えていた。そのために、日本と戦争することにたいして反対の意識が開戦直前まで強かった。 

その交渉のなか、コーデル・ハル米国務長官が対日覚書に添えた「オーラル・ステートメント」(口上書)には、「不幸にして日本政府の指導者の中には、ナチス・ドイツの侵略政策に深く関与する者がいる」と書かれていた。 

これは明白な内政干渉だが、その人物が松岡外相だということもまた明らかで、彼を日米交渉から外すよう要求してきたのである。

そしてハル同様、第二次近衛内閣も松岡をもてあましていた。

結果、近衛は彼の首を切るべく、内閣総辞職をして、第三次近衛内閣を組閣する一九四一年七月十八日)。

当時の制度では首相が閣僚を自由にクビにできなかったからである。

近衛は本気で戦争回避を考えていたのだった。

アメリカはハル四原則を繰り返し、日本のシナからの撤兵と三国同盟にたいする態度について、明確な譲歩を求めていた。 

私自身は、もし三国同盟を解消するなら、このときしかなかったと思う。

というのも、このときだけは口実があったからだ。

ドイツがソ連と戦争を始めたからである。

日本はソ連と中立条約を結んでいる。

だが、ドイツとは同盟関係にある。

その捩れを解消すべく、このときに三国同盟を破棄すればよかったのにと思う。

そうしていたなら、日本は戦争を回避できたかも知れない。

これ以降は誰が首相であっても、戦争は回避できなかったのではないか。 

この稿続く。

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