文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization on September 2016

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

外国人の手を借りて、国際社会で日本のイメージを貶める行為に、どんな意味があるのだろう。

2017-06-15 11:37:54 | 日記

以下は昨日の産経新聞フロントページ、産経抄からである。

文中強調は私。

外国人の手になる日本論は、おびただしい数にのぼる。

アメリカ文学者の佐伯彰一さんは、この種の書物を求めて、国内外の古書店を訪ね歩いた。「こちらの思いもかけぬ角度からの照明、細部への注目に、はっと驚かされ、その都度眼を開かれる」からだという (『外国人による日本論の名著』) 

米カリフォルニア大アーバイン校教授のデービッド・ケイ氏の「日本論」には、まったく違う意味で驚かされる。

表現の自由に関する国連特別報告者としてまとめた「対日調査報告書」は、誤解と偏見に満ちていた。

たとえばケイ氏は、政府当局者からの直佞、間接の圧力によって、メディアの独立性に懸念がある、と指摘する。 

何を証拠に決めつけるのか。

どこかの国のように、政府に批判的なジャーナリストが、殺害されることはない。

デモに参加しただけで、拘束されることもない。

ケイ氏は昨年4月、政府の招待で来日した。

たった1週間の情報収集だけで、報告書はまとめられた。

優秀な通訳の助けを借りて、せめて新聞や雑誌、テレビの報道を精査してほしかった。

メディアがどれほど多様な情報や意見を伝えているか、実感できたはずだ。

慰安婦問題や組織犯罪処罰法改正案についても、事実誤認がある。

日本政府の説明には、一切耳を傾けなかった。

最初から結論ありきだった、と勘ぐりたくもなる。

何より理解に苦しむのが、ケイ氏に偏った情報を吹き込んだ、日本の市民活動家や報道関係者の了見である。

外国人の手を借りて、国際社会で日本のイメージを貶める行為に、どんな意味があるのだろう。

もっとも、彼らの行動原理を分析したら、それはそれで興味深い[日本人論]が出来上がるかもしれない。

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