文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization on September 2016

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

仙台藩の治下では、伊達政宗が掘らせた日本最長の運河「貞山運河」を使い、城下に魚を届けた。

2017-07-08 11:15:51 | 日記

昨日、九州地方を襲った集中豪雨の凄まじさから、津波で喪失させられた故郷の事を書いた私の論文を読んだ友人が、

昨日の日経新聞の最後のページ、文化欄に大きく掲載された記事は読みましたか、と言って、そのページを手渡してくれた。

一瞬、何の事かと思ったのだが、実に不思議な事に、私の故郷の記事が掲載されていた。

閖上の文化 約束守り本に

◇宮城・名取の被災漁村に残る方言や行事を記録◇

大 脇  兵 七

宮城県名取市の閖上地区は江戸時代以前より漁村として栄えた。

仙台藩の治下では、伊達政宗が掘らせた日本最長の運河「貞山運河」を使い、城下に魚を届けた。

しかし、歴史ある地区は2011年の東日本大震災で起きた津波により流され、街は失われてしまった。 

私は閖上地区で継承されてきた文化や風習を後世に残そうと活動している。

1939年に農家に生まれた私は人生のほとんどをこの地区とともに過ごしてきた。

幼いころには、先祖や自然に感謝し、地域の絆を深める年中行事がまだしっかりと残っていた。 

漁師・農民の言葉混在 

徐々に風習は失われつつあったが、震災が起きたことで、いよいよ断絶してしまうのではないかと危機感を抱いた。

震災前から郷土史を研究していたこともあり、年中行事や方言に関する本を自費出版することにした。 

地区の特徴の一つは漁村でもあり、仙台平野に位置するため農村でもあるということだ。

赤貝やチンゲンサイの産地として知られる。

そのため、漁師と農民の言葉の両方が混在。

漁師の言葉は海の上で使うため短く合理的で、農家の言葉は丁寧だという違いがある。 

江戸時代、閖上は仙台藩の直轄の港だった。

そのため、多くの漁村のように魚を売りに行くなど他藩との交流が少なかった。

地域独特の文化が残りやすかったのではないかと考えられる。 

風習の由来・意味記す 

年中行事は、地区の歴史や信仰を調べ、1月から順番に100を超える行事や風習を挙げた。一つ一つに解説を付け、可能な限り、由来や意味なども一緒に記した。

例えば、名取市の名物に「ちゃせご餅」がある。

1月15日に「やへ~やへ~」と唱えながら、家族で地域の明神に詣でる「暁詣り・松送り」のあと、近所の子どもたちが集まり「ちゃせごに来ました」と言って家々を巡る行事があった。

大人たちは子どもたちに、餅やお菓子を与えた。

これを「ちゃせご」と呼んだことから餅の名前になった。 

なぜ「ちゃせご」というかといえば、子どもの髪形に由来があるようだ。

昔は髪を上に結っており、茶道の道具の「茶筅」に似ていることからこのような呼び方になったようだ。

後略。

*1月15日の「暁詣り・松送り」の光景は、時折、私の脳裏に浮かんできていた。

「ちゃせごに来ました」、この言葉は大脇さんの、この一文で、朧げに蘇った。

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