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私の履歴書 新婚旅行ワガママ同士 佐久間良子…日経新聞2月19日30面より

2012年02月19日 16時43分08秒 | 日記
行き違い、夫婦の会話も減る

1970年4月16日。私は平幹二朗さんと東京・赤坂の霊南坂教会で結婚式を挙げた。仲人は東映の大川博社長。東京・下馬に平さんが設計した白いスペイン風の新居を構えて、新婚生活を始めた。

ハネムーン先はフランス、イタリア、スペイン、ポルトガルなど欧州各国。ところが2人の雲行きが早速い怪しくなってくる。どうしてもケンカが絶えないのだ。パリではこんなことがあった。シャンゼリゼ通りに「フーケ」という老舗カフェがある。

そこで2人でお茶を飲んでいたときのことだ。平さんの後ろに、どこかで見たことがあるフランス人男性が座っていた。「あっ、アラン・ドロン!」。私は飛び上がった。「紙、紙。どこかに紙がないかしら」。サインをねだろうと思ってミーハー丸出しで声を上げると、「紙だって?便所じゃない!」と冷たく言われてしまったのだ。

普段なら何でもないやり取りだろうが、ケンカしている最中だったので、その言葉がグサリと私の胸に突き刺さった。事態はさらに悪化する。ローマでは目抜き通りなどを歩くと、私は地元の男性からしきりにピーピーと口笛を吹かれていた。だが平さんにはそれが面白くないらしい。

プイッと横を向いたまま話もしてくれない。「これでは、せっかく旅行に来ているのにもったいない」と思った。そこでポルトガルのナイトクラブで「さあ、機嫌を直して踊りましょう」と私から誘ってみた。すると「いや、いいよ。僕は踊れないから」と断られてしまったのだ。

「知人が見ているわけでもあるまいし、何にこだわっているのか」と思うのだが、一度ヘソを曲げたらテコでも動かないガンコなところがある。各都市を巡った旅行の疲れが出たせいもあるだろう。

気が付かないうちに、私か彼の繊細な部分に触れてしまったのかもしれない。互いに売れっ子同士。ワガママな性格なので、多少のケンカも仕方がないことだとは思うが……。

結婚後も仕事の忙しさは変わらなかった。私は映画「戦争と人間」やNHK大河ドラマ「新・平家物語」などに出演。平さんも相前後してNHK大河ドラマの「樅ノ木は残った」や「国盗り物語」などで活躍し、多忙を極めた。

それに伴い、すれ違いも増え、夫婦の会話が減ってくる。役者同士の結婚というのは難しいものだ。独身時代だったら、何かうまい逃げ場もあったのだろうが、夫婦となるとこちらが見たくないものまで見えてしまう。

相手を十分に見極める時間が少なかったせいもあるだろう。「結婚してから初めて分かった」ということも少なくはなかった。もちろん、同じ気持ちは彼の方にもあったと思う。

私は家庭的な雰囲気の家で生まれ育ったので料理がとても好きだった。平さんの仕事仲間が家に遊びに来ても、紅茶を入れたり、本格的なフランス料理を作ったりして、もてなすのが好きだった。だが、それが平さんをかえって息苦しくさせてしまったのかもしれない。

多かれ少なかれ、どんな夫婦にも行き違いは起きるものだ。時間の経過とともに、愛する相手が空気や水のような存在になってしまうという話もよく耳にする。だが、それが許容範囲に収まっているのならば問題はないだろう。少なくとも、子どもが生まれるまではそう信じていた。(女優)。


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