文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization on September 2016

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

戦前の中学校というのは、日本男子の十人に一人が入れるかどうかというエリートコースです。

2017-06-13 15:36:02 | 日記

以下は前章の続きである。

陸軍に入った共産主義思想 

戦前の中学校というのは、日本男子の十人に一人が入れるかどうかというエリートコースです。

特に田舎に行くと、一つの村から何年かに一人、旧制中学に入るというようなもので、滅多に入れるものではなかった。

ですから、当時、中学校に行くだけで町内から仰ぎ見られます。

ウチの町内では私一人だけでしたから、大したものです(笑)。 

その旧制中学の一、二年生の中で、一番から三番くらいまでの成績で、しかも体も丈夫、運動もできて、勉強もできるけれど近眼にもならないというような人だけが、陸軍ならば幼年学校に行ける。

四年生、五年生であれば、海軍兵学校や陸軍予科士官学校に行きます。 

ですから、当時の軍人というのは華の華なのです。

山本五十六元帥の息子さんは非常に優秀な方で、もちろん父親の後を継いで海軍兵学校に入るつもりでしたが、近眼だかなんだかで落ちた。

それで東大に入ったというくらいです。 

そんな優秀な人たちが、二十歳くらいで少尉になります。

そして鉄砲や機関銃を持っている兵隊が百二十人くらいつきます。

しかし、少尉や中尉や大尉では貧乏で、自分の兵隊はもっと貧乏です。 

ところが気がついてみたら、一般の人たちでもどうも贅沢している奴らがいる。

兵隊たちはうんと貧しい東北からやってきているし、自分たちも貧しい。

彼らは、社会が間違っていると感じた。

これが青年将校です。 

そこに、すーつと入り込んだのが、右翼という名の左翼です。

右翼思想が入りやすいのは、「身分の高い者、地主、経営者、資本家はなくせ、しかし皇室は敬え」と言ったので、軍人には受け入れやすかったからです。 

青年将校が怖いのは部下を持っていることです。

最初の反乱である五・一五事件は犬養首相を殺していますが、この頃は国民もピンと来なかった。

「金持ちがいて、貧乏人がいるのはけしからん」というロシア革命からきた思想を、正しいことのように感じました。

ですから、首相を殺すような青年将校でも、裁判には救命のための手紙がたくさんいった。 首相を白昼殺した軍人が死刑にもならず、懲役十五年で、そのうち皇太子殿下(今上天皇)がお生まれになったので、恩赦になり出てくることになった。

こういう状況を見ていると、総理大臣を殺してもどうってことないんだな、と思うような人も出てくるのではないですか。

この稿続く。

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