文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization on September 2016

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

対して日本はマニラに進駐してもフィリピン人の家を接収せずに競馬場に宿営した。

2017-08-09 12:37:39 | 日記

高山正之は戦後の世界で唯一無二のジャーナリストであると何度も言及して来た。

彼は月刊誌正論に巻頭コラムを連載しているのだが、先日、発売された今月号でも、私の言及が全く正しい事を証明する見事な論文を書いている。

文中強調は私。

「日本人が残虐で残忍な民族であったことは明らかな事実だ」とヘレン・ミアーズは「アメリカの鏡・日本」の中でいう。 

何を根拠にそう言い切るのか。

彼女はマッカーサーが「米軍のレイテ上陸前、日本軍は2千人のフィリピン人集落を襲って子供に至るまで虐殺した。米軍が急行したが間に合わなかった」と語った事例を挙げている。 

馬鹿をお言いでない。

だいたいフィリピン人虐殺は米国の十八番ではないか。

マッカーサーが上陸したレイテ島にしたって、その僅か40年前にマッカーサーの親爺ア―サーが隣のサマール島といっしょに島民の皆殺しを指令したところだ。

「ただし10歳以上に限る」と条件を付けたが、作戦終了後の報告書には「10歳以下はI人もいなかった」とある。

米軍は赤ん坊も含め両方の島で10万人をみな殺しにした。 

息子ダグラスの時代も同じ。

日本軍が上陸すると聞いて米軍は泡を食ってバターン半島、さらにはコレヒドール島にまで逃げ落ちていった。 

「私はバターン死の行進を歩まされた」と嘘の八百もついてきた戦車隊員レスター・テニーが先日、鬼籍に入った。

彼は自伝でこのバターンの折、道々「フィリピン人を見かけたらみな撃ち殺した。なぜなら我々には日本人と彼らの区別がつかないからだ」「集落があると一軒ずつ戦車砲で破壊し、住んでいる者を皆殺しにしていった」と告白している。 

対して日本はマニラに進駐してもフィリピン人の家を接収せずに競馬場に宿営した。

米軍との決戦が迫ると抑留していた米民間人など3500人を解放した。

米軍はフィリピン人と日本軍だけになったマニラ市を無差別爆撃し、10万人を殺しておいて「日本軍がマニラ市民を大虐殺した」と東京裁判で主張した。 

ヘレン・ミアーズはまともだと言われるけれど、不勉強すぎて大きな間違いを犯した。

インディアンを殺しつくし、黒人奴隷を使って恥じない。

そんな国を映す鏡が日本であろうはずもない。 

この稿続く。

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