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雑感や書評など

塩野七生「ローマ人の物語 (22)」

2005-10-21 08:39:40 | 書評
杉原千畝を映画化する人がいないもんだなぁ。「プライド」よりは穏当で興行成績も期待できそうなんだがなぁ


「ローマ人の物語(22)」。

内乱で三人もの皇帝が次々と誕生しては倒されていく、というローマ帝国の異常事態も、ヴェスパシアヌスの登場で、ようやく落ち着きを取り戻します。

それとは関係なく。
今巻で一番興味を引いたのは、その内乱と同時進行していたユダヤ戦役に関して。

で、なんでユダヤ人とローマ人が対立しなくてはいけなかったか? について。
ローマ人のユダヤ人への対処は、カリグラ帝末期に一時悪化した時期を除けば、ユダヤがローマの直接支配下に入った紀元六年からの六十年間、右に述べた方針を踏襲してきたのである。ただしローマは、イェルサレムに神権政体を樹立するという一事だけは、絶対に認めなかった。認めようものなら、海外に住むユダヤ人にまで波及するのは避けられなかったからである。神権政体の樹立は認めない代わりに、ローマは、ユダヤ人の王によるユダヤの地の統治政体の実現に努めている。ヘロデ大王時代のように世俗の王権が確立すれば、神権政体志向を押さえることができたからである。
 ところが、イェルサレムに神権政体を樹立することこそが、正統と信ずるユダヤ教徒の悲願であったのだ。これでは、ローマがいかに譲歩しようと解決できる問題ではない。なにしろ、「自由」という言葉の意味するところが、この二民族ではちがった。ローマ人にとっての「自由」は、軍事力によって保証された平和と、法によって保証される秩序の中で、各人が自分にできることをやるのが自由の意味だったが、ユダヤ人の考えでは、神権政体を樹立できるのが「自由」の意味であったからだ。六十年にわたるローマの、ユダヤ人の特殊性容認の統治は、このユダヤ教徒の「自由」への悲願を埋もれ火にする効果ならばあった。だが、火は消えたわけではなかったのである。
塩野七生「ローマ人の物語 (22)」92~93頁 新潮文庫

ふーん。
よく「ユダヤ人は異質だ、異質だ」と言われるのですが、こういう背景があるんですなぁ。

なんとなーく、知っているつもりになっていましたが、これで、ちょっと納得。…………というのはウソ。
これは「多神教のローマ人」と「一神教のユダヤ人」だから、起こった対立でして、ユダヤ人の特殊性というか異質性については言及されていない。

その答えは、こっち。
 この疑問に対しては、タキトゥスの次の一文が答えになるのではないかと思う。
「ユダヤ人がわれわれにとって耐えがたい存在であるのは、自分たちは帝国の他の住民とはちがうという、彼らの執拗な主張にある」
 第Ⅶ巻でも述べたように、征服者であるローマ人は被征服者たちを自分たちと同化し、ローマ帝国という運命共同体の一員にするよう努めてきた。ギリシア人もスペイン人もガリア人も北アフリカの人々も、ローマのこの敗者同化路線に賛同し参加をこばまなかったのに反し、ユダヤ人だけが、一神教を理由に拒絶したのである。しかも、同化を拒否しただけでなく、神権政治の樹立にあくまでも固執し、その樹立を許さないローマに反抗をやめなかったのである。
 ギリシア人には反ユダヤ感情があったが、ギリシア人とはちがって社会での立場でも職業でもユダヤ人とは競合関係になかったローマ人には、反ユダヤ感情はなかったのである。それが、ユダヤ人との直接の接触が六十年に及ぶという時期になって、さすがにローマ人も反ユダヤ感情をもちはじめたのではないかと思う。
 ユダヤ人を嫌うようになると、ユダヤ人の行うことすべてが嫌悪の対象に変わってくる。タキトゥスも書くように、割礼は他の民族と区別するためであり、一神教は他の多くの神々への軽蔑から生れた信仰であり、軍務や公職の拒否は帝国への愛国心の欠如を示し、人口増に熱心なのは他民族を追い技く考えから出ており、彼らが偶像崇拝と呼ぶ人間に形をとった神像の崇拝拒否は、人間への軽蔑以外の何ものでもなく、舞踏もなく体育競技もともなわないユダヤ教の祭式は、陰気でうっとうしくて人生を絶望させる、とまあこんな具合だ。他の宗教を信ずる者との結婚を禁じていることも、ユダヤ民族の閉鎖性のあらわれと思われるようになったのである。
塩野七生「ローマ人の物語 (22)」95~96頁 新潮文庫
ナチスの「ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の全面的解決」という、今の日本人からすると、かなりいっちゃった政策も、こういう背景から出てきているんだなぁ。

今回の感想は、こんなもんで。


これまでの感想。
塩野七生「ローマ人の物語 (17)」まぁ面白いんだけどさ
塩野七生「ローマ人の物語 (18)」男の夢
塩野七生「ローマ人の物語 (19)」努力が報われないタイプ
塩野七生「ローマ人の物語 (20)」石原慎太郎が「これからの日本は、まだまだ良くなる!」と言っている姿を、ちょくちょく拝見するが、その根拠はどこから来るんだろうと不思議に思いつつも、ああまで自信たっぷりに発言することが大事なんだろうなぁと感じたりします。
塩野七生「ローマ人の物語 (21)」庶民の知恵?


ローマ人の物語 (22)

新潮社

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