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演出系作家の苦悩。

2017-06-10 11:45:40 | 公演打とうぜ
僕ら、演出系作家には色々と欠陥がある。

演出系作家というのは、作演をひとりでやる区分の人間で、自身は作家だと思ってるんだけど実は演出家に近い、というものだ。まあ、ネットで偉い劇作家さんが言っていた。なのでそうなのだろう。

で、演出系作家には欠陥がある。

作家といふものは元来より人付き合いが苦手な生き物なのだ。人の目をきちんと見て話せない、自身の意見はあっても強い言葉に負けてしまふ、そういう性分だからものを書くのである。←お、なんか作家っぽい。

で。

全てを戯曲に書き込んでいるのだ。セリフから演出まで。考えられることは全て書き込んでいる。なので、実際読み合わせてそこで完成してしまうのだ。
ただ、役者としてはそのセリフがどんな調子で言えば良いのかさっぱり見当もつかぬ。特におそらく、なんとなく借りてきてしまった言葉が一番困る。

例えば何かの合間に「がちょ〜ん」と書き込んで見る。

当然、え、これなんですか? これはどんな気持ちで言えばいいですか? なんで言わなきゃいけないんですか?となる。まあ、優しい役者は「なんだかなあ」とか思いながらこなしてくれるんだけど、たいていの場合「これは言えない」とかなってしまう。こういう本筋から外れたものは演出だと僕は思っている。戯曲に書き込んではいけない、あるいはト書きでしつこいほど理由を加えなければいけない。

「彼は死んでしまったけど…がちょ〜ん」

作家の中ではこれでも成立してるんすね。いや無理か、いや成立してまふ。

「彼は死んでしまったけど…」
彼女は、何を言っていいかわからないという様子の友人を見て、場の雰囲気を和ませようとおどけてみせる。
「…がちょ〜ん」

…ほれ、なんとか成立した。でもなんども戯曲を読む役者さんは言う。「なんで谷啓なんですか?」「彼女は何歳なんですか? 谷啓知ってますか?」「ゲッツの方がよくないですか?」「何も言わず手を肩に置いた方がよくないですか?」

ここで理由をきちんと言ったりできればいいんだけど、哀しいかな、人間が苦手な作家である。準備してあることは言えるかもしれないけど、全て戯曲に書き込みそれ以上脳を絞っても出ない状態だから、何も言い返せない。結果、こいつ何も考えてないな、になる。

先日のリーディングはそれが怖くて、大事なところには全て注釈を赤文字で入れ、どんな質問にも対応できるようにしていったのだが…

「この、こんにちはって、どんな感じですか?」

うおおおおおお! こんにちははこんにちはだよ、そこはもう、なんとも言えないよ! でもさ、役者さんとしては作品のカラーや、キャラクターを考えてベストなものを演じてあげたい。特に書いた人のために一番望んでいるものにしてあげたい訳で。

やっぱね、弱いんだよ。作家。
場数が足りないのかね。

タモリさんが木村監督の撮ったアタルという作品での感想を言っていた。
「あの監督おかしいよ。最後の感動的なシーンで、みんな泣いてるのにここで、『帰ってもいいかな?』って言ってくださいっていうんだよ。絶対おかしいだろ?」

でも、それで放送されていたし面白かった。

作家は弱い。作品が認められて名前が売れれば別かもしれないけど、とにかく弱い。演出に関しては、思わず「それでお願いします」とか言ってしまう。
・洋服、どうします? →いい感じでお願いします。
・このセリフ、どうします? →良き感じでお願いします。
・動きは? →どっちでもいいです。

これらは僕が先日役者をやった時に言われたもので、いや、良き感じがわかんないからきいてるんだよ〜と思うのです。
つ〜のも「僕にとって良き感じ」より作家や演出家の良き感じに合わせたいんだよね。

ここで「あ、何やってもいいんだ!」と思うか「フザケンナヨ何も考えてねぇじゃねぇか」となるか、なんだけど、大半は「フザケンナヨ」となりまふ。
で、役者さんの立場が強くなり、暗雲が立ち込める訳ですが…。まあ、役者さんの方が人数多いから、作家のけもので「ちょっとみんなで飲むので来ないでください」なんて言われたりしてベッコリ凹む訳です。

弱いぜ、演出系作家。

役者が余計なこと考える前に演技の注文いっぱい入れて、変なこと考える暇をなくせばいいのかな?

それも弱いからできないかな。
ジャンル:
芸術
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