鈴木すみよしブログ

身近な県政にするために。

タイ国王死去を悼む

2016年10月14日 | 議会活動

平成28年10月14日(金)

 

 タイのプミポン・アドゥンヤデート国王(ラーマ9世)が亡くなりました。心からお悔やみを申し上げます。

 

 彼には直接お会いしたこともなく、報道などで知るしかありません。私を含め、一般的な捉え方として、彼の大きな業績はタイ国内での政情不安のたびに、争いの当時者を呼んで戒め、国の平和を重んじてきたという印象が強くあります。タイ国民にとって、絶対的な存在であったことに違いありません。新聞記事では在位70年という、世界の君主の中で最長だったといいます。

 

 私がタイと関わり始めたのは、某重電機メーカーに務めていた今から30年近く前になります。

 仕事では、海外向けの計装システムに関わっていたことから、タイをはじめ海外の技術者や公官庁の職員との交流がありました。

 

 日本製のシステムを海外にODAの一環として納める仕事では、「もの」を売るだけでなく、技術そのものを教育という形で伝え、習得していただく必要があります。

 日本の技術者は、国内でモノを作るだけでなく、相手先の技術者に来ていただくか、また、先方に派遣されて技術指導を行うことが求められました。

 私も、技術者の端くれとして、海外に派遣されました。

 

 最初の頃は、タイ人との交流から始まり、仕事で、またプライベートで家族ぐるみのお付き合いをさせていただき、互いの文化や習慣などを学んでいきました。

 彼らの多くは敬虔な仏教徒であり、生活の中心にいつも仏様がいます。街中で、黄色い袈裟を見かけたら、托鉢の僧侶を見かけたら、ほぼすべての国民が敬う行動を表します。

 自宅や公共施設でも、仏を祀る場所があり、高僧の写真が飾られています。ほぼ同時に、そこに並んでいるのがプミポン国王の肖像画でした。

 

 彼らにとって、プミポン国王は心のよりどころであり、国を支えてきた偉大な父です。どこに行っても、誰に会ってもその思いは変わらず、私が最初に受けたタイ人へのカルチャーショックだったことを思い出しました。

 今でも、日本でタイ料理が恋しくなった時に訪れるタイ料理店は、タイ人が経営していればどこも、同じような光景を見ることができます。

 

 私でさえ、30年を経過した今も、タイを思い浮かべる時に、国王のイメージが必ずよぎるのは、国王がタイそのものだったからだと感慨深く思えます。

 

 ここまで君臨し、タイ国民を支えてきただけに、これからどうなってしまうのか想像がつきませんが、私にとって、初めて深く海外文化を教えてくれた国であり、日本との結びつきも強いタイが、これからも平和で在り続けるよう、心から願うものです。

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