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【へその緒 ―navel―】〈33〉

2017-06-19 10:13:41 | 【バルセロナの紺碧(azul)】
ランブラスには地下鉄で向かう。バルセロナには8本の地下鉄の路線が東西南北に駆け巡る。地上で起こる様々な出来事を、ここ地下の地脈・水脈で生成していく。ここはバルセロナの無意識。

闇から光を掬い取る。
無から有を生み育む。

カタルーニャ広場に着くと少し西に傾いた陽の光が生気に満ちて降り注いだ。街はまだ元気で、日差しが眩しかった。ダリの美術館に行く前にしばしランブラスを散策する。石畳の道や細い路地を宛てもなく歩く。この道を、ガウディもピカソもダリもミロも歩いた。コロンブスだってここを歩いた。

東京だって、渋谷だって、三茶だって時間軸を広げれば、著名な作家やアーティストは歩いているはず。そうは言ってもそう喚起、想像しづらいのは街のつくりにあるのだろう。ランブラスの街の臭いはそういう想像力を容易に刺激し、イマジネーションという名の妄想が泉のように湧いてきた。2本の足の裏から入ってくるカタルーニャの「気」。それはそもそも持っている魂との「異」な感覚を想起し、そのコントラストから普段明らかにされていないオリジナルな自分を浮き彫りにした。自分という存在がふわっと浮上した。その浮力は自分を軽くし、この旅の疲労を軽減させてくれた。まだまだ元気だった。

バルセロナは古代ローマの植民都市バルキアから始まる。時間軸で見ると、2000年前まで遡る。その当時からここランブラスのある旧市街はその中心地で、中でもゴシック地区はその臍(へそ)とも言えた。そして細い臍の緒の小路を辿って行き、さらに真ん中に歩を進めていくとカテドラルがあった。バルセロナのカトリックの信仰は、このカテドラルで守られ、育まれ、広がった。サグラダ・ファミリア以前、ここはカタルーニャの信仰の支柱だった。そして今もカトリックの歴史と伝統の象徴になっており、また信仰そのものも時空を超えて息づいている。ゴシック式建築の壮麗な聖堂は、1448年に今の形が完成しているので、その着工の1298年から起算すると、ほぼ中世の盛紀を通して建築されている。当時の最新、最高の技術と職人、そして信仰から募られる寄付金によって作られた。

1298年から1448年まで150年かけて改築されたカテドラル。
1882年から2026年まで144年かけて建造されるサグラダ・ファミリア。

ここにもカタルーニャ民族の源流が感じられる。一代を越えて、いや当時であれば二代、三代に跨いで受け継がれる「意志」と「技術」。カテドラルもまたカタルーニャのエスプリの象徴だった。中に一歩入るとそこは現代の時間の呪縛から解放され中世にまで飛ぶ。静寂にあるかすかな響き。沈黙の中に流れる微小な調べ。回廊のステンドグラスはサグラダ・ファミリアのファンタジックな高揚とも違い、厳かで深い濃光を内部に湛えていた。

カテドラルの中で、何千何万のヨーロッパの人たちと同じように自分も祈ってみた。東洋のZIPANGから来た男は、その光が新約からだけではなく、旧約聖書の世界観から注がれている気がしていた。祈りの「気」で満たされていた。壁画もレリーフもステンドグラスも一切がカトリックの宇宙を構成していた。

祈りを忘れたものが祈りを思い出し、
祈りを知らなかったものが祈りが何であるかがわかる。

それがカテドラルだった。憧れのヨーロッパというより求めていたヨーロッパという宇宙だった。重力が外よりも重く、そのズシリとした重さが祈りをアンカリング(繋留)させた。深く集中できた。中世もまた自分の中にあった。

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