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【シングルベッド ―firecracker―】〈29〉

2017-06-09 22:58:30 | 【バルセロナの紺碧(azul)】
ふと気が付くとゲストハウスのベッドで眠っていた。服も着ているし、薄手のブランケットも被っている。なくなったはずの自分の存在を確かめる。手足があり、心臓の鼓動もあった。すると違う心臓の鼓動が聞こえてくるような気がした。その気配の方に身体を動かし横を向くと、隣のベッドで彼女がぶるぶる震えていた。すると表で爆竹がバンバン鳴っている音が聞こえてきた。それはそんな遠くでもなく、むしろこのMASIAの近くで轟いていた。立て続けに鳴ったかと思えば、しばらく止み、また数十分後にはまた鳴った。さらには男たちの笑い声も時に交じってくる。その笑い声にはアルコールの臭いがし、MASIAの窓と薄いカーテンに向けられているように感じられた。

ただその騒ぎには合点がいった。それは例のスペイン国王杯でFCバルセロナが勝利し、優勝したからだった。スコアは3-1、あのメッシがビルバオのゴールを揺らし、我がホーム‟カンプノウ”で見事に優勝を飾った。カタルーニャの魂FCバルセロナの勝利はここマンレザでも当然祝杯される。熱狂的な一部のファンが、酔っ払い、笑い、爆竹を鳴らす。それについて自分などは、さすが本場スペインと楽観的でいられたが、由(よし)を知らない彼女はそうはいかなかった。男の笑い声は身の危険を煽り、爆竹はピストルの音に聞こえた。部屋に鍵はついていたが、トイレに必ずついている程度の鍵で、マイケルジャクソンのスリラーのPVに出てくるゾンビなら、いとも簡単に突き破れそうなドアだった。メッシのゴールは日本から来た、初めてカタルーニャのゲストハウスに泊まる彼女の不安も揺らしていた。

自分は被っていた毛布を開いて、彼女を自分のベッドに導いた。すると彼女は素直にベッドに入ってきた。自分たち夫婦はいつしか長いこと違うベッドで眠っていた。その原因は自分の嚊(いびき)と寝息だった。お互い仕事を持ち、朝や夜の帰りも違っていたこともあり、共に暮らす中で微妙なずれが生じていた。日々のリズムは自分を作る、故に彼女は自分のペース、自分のスペースで眠ることを望んだ。微妙なずれも積み重ねれば、些細な隙間から甚大な距離に広がっていくもの。それは寂しいことでもあった。一つ屋根の下で、山手線一駅分の距離があった。ただこの時は安宿の小さいシングルベッドに入ってきた。一瞬、付き合ってまもなくの頃を思い出した。大丈夫だよ、大丈夫だよと囁き、彼女の頭を二度撫でた。それはまるでヘミングウェイの映画、『誰がために鐘は鳴る』でゲイリークーパーがイングリッドバーグマンにしてあげたように。そして彼女の頭を撫でながら、再びストンと眠りに落ちた。それは深い眠りだった。

朝目覚めると、とてもきれいな青空が広がっていた。窓を開けると爽やかな風が頬を撫で知らない鳥が気持ちよさそうに囀(さえず)り心地よかった。彼女はまだ眠っていた。今日はスペイン滞在3日目。明日は帰るだけだから貴重な一日だ。パッキングをして着替えていると、朝の陽ざしも手伝って彼女が目を覚ましてきた。彼女によると前夜のお祭り騒ぎは暫くつづいていたらしく、眠りについたのは空が明るくなり始めたころだったとのことだった。眠そうな彼女には申し訳なかったが早目のチェックアウトでバルセロナに戻ることにした。何だかんだ移動で一時間半はかかるし、午後の時間も貴重だった。

ここMASIAに宿泊し、シャワールームの不思議もありつつ深く眠れたのは、この旅の疲れというよりも、旅行取り止めから再開、昨日までのホテルのブッキングの顛末で、一連の心の曇りが解消されたからだった。自分を消すほどの深い眠りを心身魂で求めていた。どんなにポジティブに考えたって、見る角度を変えたからって、無意識はちゃんと自分の不安を認めていた。日々一定量のネガティブとプレッシャーとともに生きていた。それは一つのカルマの解消を表していた。その解放が黒いマリアの光を自分の無意識に引き寄せた。

身体は軽くなり、心は開いていた。
本当の旅の始まりの気がした。


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