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【鏡 ―reflection―】〈22〉

2016-10-19 09:30:54 | 【バルセロナの紺碧(azul)】
グエル公園はガウディが1900年に着手し、1914年に完成した住宅地。1984年にはユネスコの世界遺産としても登録されている。そもそも住宅地造成目的で計画されていたが、売り出す予定だった60戸は結局3戸しか売れなかった。その3戸ですらも一つはグエルの名前があるように、ガウディのスポンサーであり最大の理解者だったグエル自身が買い取り、もう一つはガウディ自身が住宅として居を構えた。つまり関係者以外では1件しか売れなかったことになる。計画やコンセプトとしては大失敗だった。1918年にグエルが他界するとその4年後、遺産として相続したグエル家は公園としてバルセロナの市民に開放し今日に至る。

そのグエル公園だが、モデルニスモ絶頂期で、ガウディもまた建築士としてアーティストとして充実期でもあったため、その完成度は出色(しゅっしょく)だった。そしてまた建築方法・工程も含めて斬新だった。自然から学び、調和を重んじて造られたこの住宅地は、環境に配慮され、廃材や壊れたタイル、道路工事のために使われた石を再活用して造られていた。まさにエコロジーでエコノミー、21世紀の今日に通じる建築コンセプトである。つまり100年早すぎた。バルセロナの市民はその時代に100年先の未来を日常見ていて、それが身近にあった。グエル公園は、住宅地という実際的な機能よりも公園にすることで人が生きていくうえで大切な想像性を刺激し触発してきた。カタルーニャ出身のアーティストはピカソ、ミロ、ダリを始めとしてあまたいる。その由はこのようなインスピレーションの源泉が此処彼処にあるからということもあるだろう。ピカソはガウディに反発していたが、単に好き嫌いではなく、ガウディが提示した未来に、自身のイマジネーションを侵されたくなかったからではないかというそんな仮説や妄想が湧き上がった。日常の中にアートがある。バルセロナを見ると、経済性よりも、芸術性ひいては人間性の可能性の追求こそが本来の投資であることを示す一つのモデルになっている。アートが人財を創る。他方でその答えを得るには100年時間がかかるという一つの事例にもなっている。サグラダ・ファミリアもまた完成まで144年という時を費やす。人を育てる、魂を進化させるとは、かように時間がかかるものなのだ。スピード重視、効率化、いかに短期間で利益を上げていくか、その訴求が時代を進化させてきた側面もあるが、真価得るには時間がかかる。宅地造成、不動産投機としては大失敗だったグエル公園は、人間形成・観光資源としては計り知れない益をもたらした。そして特筆すべきはこれからもその価値や益は膨らんでいくということだ。そう考えるとこの公園の新しい価値を自生的に生み出すこのメカニズムは、今日の私たちも大いに学び吸収すべきと思われる。

そしてそのバルセロナの磁場に惹きつけられるように人は集まり、そこで何かを表現しようとした。今向かっている“コリントス”の日本人の支配人もその一人かもしれなかった。

地下鉄3号線でレセップス駅に向かう。もう18:00を回っていた。この時間でもまだ外は明るかったが、その日のホテル探しはこれが最後になる。なんとかここで決めたかった。駅から地図と道路標示をたよりに15分ほどでなんとかコリントスにたどり着いた。その前を気づかないうちに1、2回往復していたようだった。それも無理はなく、ホテルらしい看板は見当たらず、いわゆるバルセロナの地元の方が住むような3階建てのマンションだった。建物は石造りで構えもよく、雰囲気も悪くはない。呼び鈴を押すと初老の髭を生やした支配人が下りて来て下さった。

「先ほど連絡したものです。部屋は空いていますか?」と聞くと、「空いています」とのことだった。日本語での会話だ。
ただ残念ながらやや広めのその庭はかなり荒れていた。かつては生きていた植物たちが元気がなさそうだった。泊まる手続きの前に、部屋を見せて下さいとお願いした。支配人は私たちを連れて案内して下さった。その庭を通り過ぎ、中に入るとキッチンが見えた。雑然としてこれもきれいとは言い難かった。部屋はまずシングルの部屋を案内されたが、青く塗られたその部屋にはいい気の流れを感じられなかった。ツインの部屋もあり、それを準備するとのことだったが、今は別のゲストが長らく使用しており、そのお客様に部屋を移動してもらうとのことだった。頭に?マークが無数に溢れた。ホームページで見たテラスにも連れて行ってもらったが、美しいのは景観で、足元は手入れや清掃の跡が見られなかった。

ゲストを迎える態勢がそこにはなかった。またこれからお世話になろうとするその部屋に、誰かが直前までいたというのも気になった。妄想でしかないが、バックパッカーは旅の途中、目的を見失い、移動から移動の旅そのものに没入していくことがある。これを沢木耕太郎氏の代表作「深夜特急」には“沈没”という言葉で表現されていた。宿も宿泊者もまたその存在と目的を共有していた。重力がここだけが重くかかっていた。それは私たちの存在や目的とは違うというメッセージを際立たせた。そういう訳で、予算も希望通り、部屋が空いているにもかかわらず、コリントスに宿泊するという選択肢を自ら断った。そしてそれは、プランDをなくし、“No plan,No room”になったことも意味していた。

コリントスの支配人、またそこに宿泊していたバックパッカー、彼らもまたバルセロナに何かを感じ、触発されてここに集った人たち。そしてそこで生活し、生計の糧を得ている。恐らく、もし自分が一人だったら、20代のころだったら、そこに喜びを見出していたかもしれなかった。想いに沿って海外で宿を経営している事実に感銘していただろう。そしてそのバックパッカーもまた仮に本当に沈没していたとしても日々を生きるその姿にかっこいいと思っていたかもしれなかった。さらにはその姿は自分と重なった。

コリントスにはかつての自分が映っていた。しかし今の自分はそれを選ばなかった。彼女を守るというのもあったが、それよりそこが今の自分の居場所ではないと思ったからだった。

次の鏡が必要だった。私たち二人が映っている「今」の鏡を求めていた。




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