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【背景 ―reason―】〈19〉

2016-10-10 09:03:47 | 【バルセロナの紺碧(azul)】
また素潜りのように深く潜っていく。深く、深く。

そう時は、1870年代、時代は混沌しており、華やかでもあり、物騒でもあった。
当時のバルセロナ(カタルーニャ)は独立こそしていなかったが、スペイン(カスティリーヤ)と対立していた時より経済的には豊かになっていた。
貿易、繊維業が盛んなバルセロナは、スペインと対立時はできなかった大西洋・アメリカ大陸への進出も可能になり、既存の地中海路線に加えてより規模は大きくなった。自由貿易ができるようになっていて資本家の経済は豊かに回っていた。
地中海、大西洋とバルセロナは輸出入の拠点となりバルセロナは経済的な力を蓄え始めていた。
折しも18世紀末、イギリスに端を発した産業革命はヨーロッパ各地に広がり、
農業から産業、工業化をすすめていき、働き方は変化し、工場での労働が増えた。
資本家―労働者。雇うもの―雇われるものの間で大きな格差ができた。

機械化が進み、より生産性の価値が重視され、長時間の労働を低賃金での雇用がざらに見られた。労働者を守る法律もなく、資本家に言われるがままの雇用だった。
科学や機械の影響が大きくなり、神より人間の力を信じる無神論的考えも広がり、キリスト教をベースとした宗教性は希薄になりつつあった。
格差は今までと違う貧困と価値観を生み社会は混乱し始めていた。

ダーウィンの種の起源、マルクスの資本論、共産主義の考えが流布し一つのうねりとなった。中には、資本家の打倒と労働者の解放を目指して、手段を択ばず、暴力や戦いを厭わないアナーキスト無政府主義者も頭角を現していた。

他方で資本家が豊かになったことで、建築、芸術、文化の面ではモデルニスモが見事に花開き、後世に誇れる作品群や芸術家たちを輩出した。

その影としての流れ、「闇」の力が水面下で蠢いていた。いや「闇」ではなく、ただ未成熟が故の熱さを伴う混沌だったのかもしれない。ただ仮にそれが未成熟であったとしても、その時の闇は今日まで引きずっているのも確かだ。

だからこそ、その時代を見つめることは重要で、その混沌の中でその時代の人がどうやって拠り所を見出していったのか。どこに光を感じていたのか。この19世紀の世紀末に顕在化した「闇」に戻ることで、悪しき水脈を断つヒントが隠されている。

実はサグラダ・ファミリアはその当時の拠り所であり、小さな光だった。もちろん建築以前であり、形になっていない。だからある意味「夢」であり、「VISION」とも言えた。
アントニ・ガウディ作と知られているサグラダ・ファミリアだが、実は彼は2代目の建築士でガウディからスタートしたわけではない。そこには時代の背景とプロデューサーと初代の建築士がいた。

その時代の背景とは先に述べた混沌であり、世界が大戦に動いていた流れである。そんな時、ある書店経営者の方が立ち上がる。彼はボカベーリャといい、当時の無神論や破壊的な思想を憂い「聖ヨセフ帰依教会」なる市民団体を作る。するとその会員数は当時の不安定な世相を反映し、10年で50万人の会員数を集めた。混乱の中多くの市民が心の奥底で拠り所や信仰を求めていた。サグラダ・ファミリアはその協会の祈る場としての教会だった。

ボカベーリャは教会の理念として、社会の最小単位である「家族」に焦点をあてた。教会に足を運ぶとわかるが、当時の混沌とした社会情勢の中で立ち返る地点として、「家族」の在り方や関係性こそが、複雑で足元をすくう時代の潮流を原点回帰させ、かつあるべき方向に向かわせる力を持っていると考えていた。

人間性や個性、アイデンティティーは「個」とみられる向きがあるが、その環境や関係性、役割によって大きく影響されていく。自分自身の真の平安や安定は、自分を含めた環境も満たされて初めて実現する。その環境の範囲を「家族」に位置付けたのが「聖ヨセフ帰依教会」の視座でサグラダ・ファミリアの理念に繋がっていった。日本語に置き換えると、サグラダ・ファミリアは「聖家族贖罪教会」、その名前に理念が刻まれている。「家」「家族」がコンセプトで御本尊、イエス、マリアそしてヨセフも包括して「家族」が奉られている。

教会に足を運ぶとわかるが、一般的にはイエスやマリアの像が祭壇の中央に祀られているもの。一方サグラダ・ファミリアは趣が異なり、特にイエスの養父ヨセフがフューチャーされている。世界に星の数ほどの教会が溢れているが、こんなにもヨセフが重宝されている教会は少ない。

ヨセフは処女懐胎したマリアの人生を守り、神の子イエスの成長を支えた。
当時イスラエルを支配していたヘロデ王は、世界の王様として誕生したイエスを殺害するために、同時期に生まれた子供たちを殺戮する暴挙を起こした。その話を聞くと、家族でエジプトまで逃亡した。その逃避行を守ってきたのが養父ヨセフでもあった。
成長したイエスのその後の活躍や奇跡の数々は枚挙に暇がないが、サグラダ・ファミリアは、イエスの奇跡たちを支えたこのヨセフの献身的な家族のへの想いの象徴とも言えた。サグラダ・ファミリアはお父さんの無償の愛が表現されている教会だった。

1882年聖ヨセフの日である3月19日、最初の石が置かれ、サグラダ・ファミリアの建設は始まった。

「闇」を光にかえるコードは、「家族」という単位が鍵を握っている。

当時だけではなく、今も。

個人というアイデンティティーは家族の中で育まれ形成される。その在り方、関係性の中に悪しき水脈を断ち、新しい流れを生み出すヒントがある。

そして今ここサグラダ・ファミリアにいる。そのときは何もわかっていなかったが。その光や想いの中を浴していた。
それは言葉でも意味でもなく、無意識で肌や皮膚を通して吸収されていった。

ここにいる意味はわからなかったが、ここにいることが正しいと思えた。
ステンドグラスの七つの色が日の光を通して万華鏡のように注ぎ、教会内を包んでいた。

満たされ、満ち溢れた。

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