10:59 from web
サニタリー的な奇麗さや手あかの付かないものを偏重する日本人の意識が現在の建築や都市をつくってしまった。「美しさ」は時代を超えて存在するが、「奇麗さ」や「新品」という価値感は瞬間的なもので一過性に過ぎない。いつまでもこんな価値観が蔓延する日本社会はどうなのか?
11:57 from web (Re: @ichide_iwai)
@ichide_iwai日本人全体に五感の劣化が進行しているようにも思えます。映像時代は、「きょろきょろする日本人」にとって弊害であると共に必要不可欠なものになってしまいました。ポピュリズムは、いつも日本の社会にあり外にばかり目が向いてしまい、本質を見極められません。悲しいです。
19:24 from web (Re: @ichide_iwai)
@ichide_iwai 五感を敏感にするのは、自然と向き合うことではないでしょうか?日本の住まいは、その延長上にありましたが現代の日本の住まいは別な存在になってしまいました。古民家に見られる曲がりくねった梁などは自然との共生する思想から生まれたものです。
20:57 from web (Re: @kotaniguchi)
@kotaniguchi 日本ではその昔、神々を数える単位として「柱」を使っていました。それで、諏訪大社も「御柱」として木を建てます。日本の「窓」は「間の戸ー間戸」が語源です。
21:04 from web
ワーズワースは、プレーンリビング&ハイシンキングと書きましたが、日本の家屋空間にも共通するところがあります。わび、さびの世界を思い出すまでもなく、プレーンでシンプルな造りや賢明な暮らし方には磨き抜かれた美しさや知的な高潔さといったものがあるのです。〜「すまいの歳時記」清家清
by sumaikobo on Twitter
サニタリー的な奇麗さや手あかの付かないものを偏重する日本人の意識が現在の建築や都市をつくってしまった。「美しさ」は時代を超えて存在するが、「奇麗さ」や「新品」という価値感は瞬間的なもので一過性に過ぎない。いつまでもこんな価値観が蔓延する日本社会はどうなのか?
11:57 from web (Re: @ichide_iwai)
@ichide_iwai日本人全体に五感の劣化が進行しているようにも思えます。映像時代は、「きょろきょろする日本人」にとって弊害であると共に必要不可欠なものになってしまいました。ポピュリズムは、いつも日本の社会にあり外にばかり目が向いてしまい、本質を見極められません。悲しいです。
19:24 from web (Re: @ichide_iwai)
@ichide_iwai 五感を敏感にするのは、自然と向き合うことではないでしょうか?日本の住まいは、その延長上にありましたが現代の日本の住まいは別な存在になってしまいました。古民家に見られる曲がりくねった梁などは自然との共生する思想から生まれたものです。
20:57 from web (Re: @kotaniguchi)
@kotaniguchi 日本ではその昔、神々を数える単位として「柱」を使っていました。それで、諏訪大社も「御柱」として木を建てます。日本の「窓」は「間の戸ー間戸」が語源です。
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ワーズワースは、プレーンリビング&ハイシンキングと書きましたが、日本の家屋空間にも共通するところがあります。わび、さびの世界を思い出すまでもなく、プレーンでシンプルな造りや賢明な暮らし方には磨き抜かれた美しさや知的な高潔さといったものがあるのです。〜「すまいの歳時記」清家清
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