古文書を読もう!「水前寺古文書の会」は熊本新老人の会のサークルとして開設、『東海道中膝栗毛』など版本を読んでいます。

これから古文書に挑戦したい方のための読み合わせ会です。また独学希望の方にはメール会員制度もあります。初心者向け教室です。

太祇鑑賞1  高浜虚子

2017-02-08 17:43:45 | 炭太祇

な折りそと折りてくれけり園の梅  太 祇

 春先になってある人の庭に梅の花の咲いているのを見て、あすこにいい梅の

が咲いている。あの枝が一本ほしいものだと思うて、それを家の人に断りもし

ないで折ろうとしていると、意外にもそこにその家の主人がいて、その梅を折っ

てはいけない、と叱りながらも、そんなに欲しいのならば上げようといつて、か

えってその主人が手ずから梅の枝を折ってその人に呉れたというのである。同じ

物を盗むのでありながらも、いわゆる風流泥坊で、その盗む者が花卉の中でも

に清光な姿をして芳香を持った梅の花であることが、一種の面白味を持って

いる。またその梅を折る人も物を盗むは悪い事と知りながらもそれを金に代えよ

うというわけでもなく、多寡が梅の花の一枝位だから居ってやれと、窃かに折り

取ろうとしていると、思い懸けなくも其処に主人の声がして梅の花を折ってはい

かんと尤められたので、吃驚して手を止めたのであるが、其処の主人もまた、そ

れを尤めたばかりで無下に追い払うのも、それを折る人のこころもちを十分に解

釈することのできぬものとして、何処かに自分自身不満足を感ずるので、そんな

に黙って折るのはいけないが、欲しいのなら上げようといって、かえつて手ずか

らその枝を無造作に折ってその男にやったのである。かくてその盗もうとした人

も、それを尤めた人も、梅花そのものを通じて互いにその心持を領解し合うとこ

ろに、この小葛藤の大団円はあるのである。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

逢ひ見しは女の賊(すり)や騰月  太 祇

 にかすんだ春の月の出ておる晩、表を歩いておると、ふと美目のよい一人 

の女が目についた。美人だと思いながら、それほどたいして気にとめるでもなく

すれ違ったのであったが、懐を探って見ると財布がなくなっている。さては今の

女が賊であったのかと驚いたという句である。「蓮ひ見しは」というのは、ふと行

き違って何となくこちらが眼にとめて見た、あの女が賊であったというのである。

あるいは自分が拘られたのではなくって、あのちょっと目にとまった女が、後に

掬摸であったことが判って、あの女が掬摸であったのかというように解しても差

支ないのであるが、しかしやはり前解のように自分が掏られたと解する方が作

者の意を十分に酌み得たものかと思う。沢村源之助の舞台などを思わせるよう

な句である。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

今はやる俗の木魚や朧月  太 祇  

 元来木魚は仏前に置かれて僧の手によって取扱われるべき性質のものである

が、俗間の好事家は、それを居間などに置いて唯ポコポコと打って喜んだり、あ

るいは人を呼ぶ時の呼鈴の代りにしたりしておる。あの妙な形をした仏臭い木

魚を脂粉の気の漂っている辺に用いているというところに、かえって一種のおか

しみがある。この頃は何かというと木魚を用いるのであるが、またここにもその

ポコポコいう音がしておる。空には朧月が出ていて艶な光を漂わしておるという

のである。この作者太祇は京の島原に住まっていたというのであるから、おるい

はその辺の光景かとも想像されるのである。俗の木魚というだけでは、あるいは

俗人で仏信心のものが持仏の前で木魚を叩いているものと解されぬことはない

が、「今流行る」というような言葉から推すと、もっと極端に木魚を単に好事的に

弄ぶものと解するのが至当であろうと思う。今でも座右に木魚を置いて、それを

叩いて婦僕を呼ぶようなことをしている人が随分あると思う。

(俳句は斯く解し斯く味わう) 

 

春の夜や昼雉子うちし気の弱り  太 祇

 これは猟に行って昼間雉子を打った。鳥の猟のうちでは、小鳥などよりも山

鳥、山鳥よりも雉子といったような順序で、雉子は一番に功名とすべき鳥であ

る。あの美くしい毛色をした長い尾の見事な雉子を昼間打った、その張り詰めた

昼間の反動で、夜は気が抜けてがっかりしておる、というのである。多寡が小鳥

位なら何でもないと格別嬉しさが大きくない代りに、夜になったところで別に気分

に違いもないのであるが、昼間の喜びが大きかっただけ夜はがっかりするので

ある。その上前に言ったように、大い美々しい烏を殺したのだという事が、美くし

い春の夜らしい心持はしながらも、何処となく落莫の感じがある、そこにも気の

弱りを導く一つの原因はあるのである。次の句と併せ考えれば、そこの消息はよ

く判るのである。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

たのみなき若草生ふる冬田かな   太 祇 

 これから先きだんだん茂って春の草になって行くものであるが、それがまだ冬

田にちょいちょいと生いそめたところを見ると、その若草はいつまで茂るべき未

来があるかを疑わねばならぬのである。冬田は、二作田であればやがて打ち耕

されて畑になるか、そうでないにしてもそのまま打ち棄てられて顧みられないは

ずであるが、其処へ生える若草は他の地面に生えるものに比べると、まことに

頼み少ない心持がする。その冬田に生えた若草を見た時の作者の心持を言っ

たのがこの句である。あるいは十月に返り花が咲くようにまだ冬の初めの田の

面に、日当りのいい処などに、若草が生えておるが、これはやがて来る寒さや、

雪や霜やに忽ちいためられて枯れてしまわねばならぬものである、其処に生え

る若草は頼みないものである、という風に解釈されぬこともないのであるが、し

かしやはり前解の方が適切であろうと思う。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

五月雨や夜半に貝吹く水まさり  太 祇   

 それが天明になると先ずこの句のようなのがある。五月雨のため水嵩が増した

と言って、沿岸の民家を警戒するために夜中に法螺貝を吹き立てるというので

ある。これは随分大正の今日でも見る光景であって、たとい法螺の貝を吹かぬ

にしても、半鐘でも乱打して人の眠りを驚かすのである。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

つれづれと据風呂焚くや五月雨 太 祇
 

この句は前と反対の暢気な句で、毎日々々雨が降って退屈しておるのに、今日

もまた 降り続いて退屈で仕方がない、そこで仕方なしに据風呂でも焚いて這入

ろうというのである。碁をうつにも相手がなく書物を読むにも鬱陶しい、その上著

物も畳も凡て湿っているようで気持も悪いから据風呂でも焚いて湯に這入ろうと

するのである。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

塩魚も庭の雫や五月雨  太 祇

 塩魚を梁か何かに吊って置いたところが、連日の雨で空気が湿っているので

その塩魚の塩が溶けて土間の上にポクボタと雫が落ちるというのである。天気

がよければからからになっている塩魚が、雫になるまで湿っぽいというのは、五

月雨頃の鬱陶しい心持をよく現わしておると言ってよい。(俳句は斯く解し斯く

味わう)

 

蔓草や蔓の先なる秋の風    太 祇

 『太祇句集』中に在る唯一句の秋風の句である。太祇のみならず天明の秋風

の句は一体に振っておる方ではないようである。さて句意は、蔓草を見るとその

蔓の先に秋風は吹いておるというのである。蔓草の蔓の先を見ると風のために

動いておるのを見て、なるほど秋風がその蔓の先に在る、といったような句であ

る。芭蕉の「日はつれなくも」の句などに比べると、秋風というものについての感

激の度がよほど違っているので、余り秋風というような題について多くの興味を

見出さなかったか、それともむずかしくて相手にしなかったのかも知れぬ。秋風

というような題は、むずかしいものである。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

盗人に鐘つく寺や冬木立  太 祇

 木立の中に在る寺で、その木立も冬枯れて一層淋しさが増している。ところが

その寺へ盗人がやって来たので、その急を村人に知らすために鐘楼の鐘をゴー

ンゴーンと撞き鳴らすというのである。隣りにすぐ人家でもあれば声を上げて「泥

坊々々」と叫ぶ位でも聞えぬことはないのであるが、冬木立に遮られているため

に急に知らすため鐘を撞くのである。時ならぬ鐘の乱打に村人は何か事あるこ

とを知って直ちに走せつけるのであろう。。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

夜見ゆる寺の焚火や冬木立  太 祇

 これも前句同様冬木立の中の寺を詠じたもので、夜その寺で焚火をしている

のが、冬木立を透して見えるというのである。昼間は冬木立の中に寺があるとい

う事を承知していながらも、その寺の費もはっきり見えない位であるが、夜になっ

てあたりの暗い中にたき火をし了しいるのであるから、その焚火が冬木立をす

かして、よく見える趣を言ったのである。木立は皆灰色に冬枯れている中に焚火

の赤いのが際立って赤く見える心持ちがする。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

蚊帳くぐる女は髪に罪探し  太 祇
 

 この太紙の句の性質は蕪村とはすっかり違っている。蕪村が士ならこれは町

人といってもよい。蕪村が九代目団十郎なら、太祇は五代目菊五郎である。蕪

村の句は天頼的で大きな岩石の峙つているような趣がある。太祇のは入籍的で

小さい石で築き上げたような趣きがある。前にもいった如く召波の句は或る一面

たしかに蕪村に似ている。しかし太祇の句は全然歩調を異にしている。もし太祇

に似たものを求めるなら几董であろう。几董は召波と太祇との中間にいるものと

いってもよかろう。かくいうと蕪村と太祇は非常に異っていて、あるいは同一標準

では論ずる事が出来ぬと思う人があるかもしれぬが、しかしこれも度合論だ。蕪

村と太紙とその間に全く別個の趣味があるには相違ないが、しかも共に天明の

俳人たる事においては一致している。他の関係は一切取のけて蕪村、太祇等の

仲間だけで比較すればこそ非常に違ったもののように思われるが、これを元禄

の諸俳家と比較する時は、萩や女郎花の秋草に対して牡丹や百合の夏草を見

るようなものである。元禄時代の諸俳家の句はめいめい比較すればまたそれぞ

れ違っている。萩と女郎花のように違っている。しかしとにかくに秋の草には相

違ない。それと同じく天明時代の諸俳家の句を、それぞれ比較して見ると牡丹と

百合のように違っている。しかしとにかく夏咲く花という点においては争われぬ

相似の趣味を持っている。蕪村と太紙との比較も丁度こんなものである。もし蕪

村と召波とが牡丹と芍薬との比較とすると、太紙は先ず百合位のものであろう。

しかしこれを、も一歩進めていうと、元禄の俳人も天明の俳人も秋草夏草の相違

はあるにしてもやはり草花たる点においては一致している。

 桜とか石榴とか梨とか松とか樺とか樅とかいうものと比較したら、やはり草花と

しての相似点を持っているといわねばならぬ。即ち芭蕉の文学としての俳句は、

他の桜や松や樺やに相当する他の文学と比べたら、如何なる時代を通じても殆

んど同じものと言わねばならぬのである。その差を論ずるのは草花の中の差を

論ずるのである。俳句を芭蕉の文学として講ずる本書においては、その差は大

問題とはならぬのである。太祇は句三昧と称えて一切他事を擲ち蟄居して句作

にのみ苦心する事などがあったそうな。とにかく作句に苦心して熱心であった事

は古今有数の一人とせねばなるまい。その句の傾向は平生目賭する卑近な人

事景色の内から、比較的趣味の深い趣向を見つけ出して、屈折をつけて平凡で

ないように叙するのである。団洲が好んで英雄豪傑に扮するように、蕪村の取

材は必ず卑近でない方に傾こうとしている。よし卑近な人事を叙するにしても、

一度蕪村の口に上ると、どことなく蕪村的となってしまう。団洲が百姓町人になっ

ても団洲的となってしまうのと同じ事である。蕪村の句だから蕪村的となり、団洲

が演ずるのだから団洲的となるのは当然の事で、不審するのがそもそもの間違

いではあるが、その不得意な方面に働くために、面白いと感ずるよりも、多少の

不自然を感じて、いわゆる蕪村臭、団十郎臭を感ずるのである。しかもその趣向

が太祇の手に移ると、その得意の舞台であるためにそれが活動して描出される

のが、丁度大工や左官が菊五郎の畑であって技、神に迫るのと同様である。こ

この所をよく弁えて太紙の句を読まんと、蕪村や召波の句を読みなれて突然太

紙の句を見たら、品格が悪くって光沢が少なくって、興味が索然としてしまうよう

な心持ちがするであろう。しかも太祇の句の決して趣味索然たるものでない事

は、この一句を解釈してもわかるであろう。「女は罪深きもの」という事は、古くよ

りいい習わすところである。この句はその言葉をそのまま借りて来て、蚊帳に這

入る時の光景を叙しているのである。男ならば大きな髷を結っておるでもなく、

かつチヨン髷が少々こわれたところで格別もないが、女の髷は大きなものである

から、とかく蚊帳に這入る時にひっかかれりやすい。従ってその髷をこわす憂い

があるので結い立ての髪などは、殊に大事そうにして蚊帳をくぐる。其処を見て

太祇が作ったので、女は罪が深い深いと世間でいうが、あの蚊帳をくぐる時を見

ても罪の深いのがわかる、といったのである。「髪に罪深し」という言葉は曖昧な

言葉である。何も女の罪深い事は髪のみに原因しているのではないが、唯この

場合に触目すると同時に、「女は罪深いものである」という言葉があるのを思い

出し、「髪に罪探し」といったのである。これを普通の文章のように、「髪を見るに

つけても罪深い事がわかる」と延べていったら、たるんでしまって俳句にならぬ。

たとえ少々言葉に無理があろうとも、調を整えて言葉を出来るだけ省略していっ

たところに面白味があるのである。さてこの趣向はどうであるか。前にもいった

如く、いかにも卑近な我らが日常よく目に触れている平凡な事実である。蕪村で

あったら、たとい目にとめても棄てて顧みぬ事実である。その蕪村が「草の戸に

よき蚊帳たる法師かな」とか「蚊帳釣って翠徴作らん家の内」とか、かように飛び

離れた趣向を案じている間に、太紙は目前の卑近な事実を捕えてこの句を作っ

ている。卑近な事実を捕えて作ったのではあるが、その句柄はどうかというに、

「罪深し」などいう語を巧みに斡旋し、言葉に屈折をつけ、調子をひきしめて卑俗

ならざる句にしている。尤も蕪村召波などの句のように品格のよい句ではない。

しかしてこんな趣向をこれ位までにこぎつけて、さほど下卑た句にせぬところは

太紙の手腕を認めねばならぬ。我が日常目賭している事実の点からいえば陳

腐な事実である。しかし古よりこの事実を取って俳句にした者はない。否これを

俳句にしようと思いついて、その事に注意する人が一人もなかったのであろう。

一歩を仮してその人はあったとするも、その事実をこれほどの句にする人は、一

人もなかったであろう。太祇なる人があってはじめてこの平凡な事実を平凡なら

ざる句にしたとすれば、この一句だけでも敬服せねばならぬであろう。ましてこ

の種の句は、太舐集曳聖半を占めているので、やがてはこれが太祇の特色を

為し、容易に他人の模倣を許さぬとすれば、更に大に敬服せねばならぬであろ

う。蕪村の句は摸し悪い、太祇の句は模しやすいという事は、夙に世人のいうて

いるところで、またそれはたしかに事実だが、しかしそれも比較的の話しで、太

紙の句も決して模し易いことはない。試に太祇のこの種の句を模して見るがよ

い。それは終に卑俗な句になってしまって、容易にこの太祇のような気の利いた

句は出来ぬであろう。蕪村の句の模し難いのは著想の点が多きにいるので、思

いもつかぬものとあきらめる人も、太祇の句は著想が卑近なだけに及びやすい

ことのように思うが、よし著想だけ及ぶとしても、太紙のようにいいこなすことは

容易でない。(俳句は斯く解し斯く味わう)

 

 

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