水彩+色鉛筆画分室 ・ イタリア・絵に描ける珠玉の町、村

「イタリア・絵に描ける珠玉の町・村、そしてもろもろ!」の絵画分室。
ペンと透明水彩+色鉛筆のイタリア風景をどうぞ。

   ・・・ 壁の聖母子像と、 南出麗子さんという日本画家 ・・・

2017-02-03 | ・途中経過 ヴェネト


       アーゾロの壁にある聖母子像を描き始めましたので、見てやって下さい。

       壁の聖母子像  アーゾロ    3P

     



       我が家から1時間ちょっとで行けるアーゾロ・Asoloの町。
       昔から文化人に愛される長閑で閑静な地で、小高い山の上に町の中心が。
       
       この聖母子のある壁は、町の門を入ってすぐの所にあり、
       同じ建物の右下には、可愛い古い泉もあります。


       フィレンツェのデッラ・ロッビア工房の特徴ある聖母子像なのですが、
       ここにあるのは本当にできの良い、美しい聖母子像!

       自分で描きつつ、なんとまぁ!と職人の腕の良さに感嘆したのでしたが、
       どうぞ、負けずに上手く描けますように!!

     
       壁の色、窓の鎧戸、窓枠の色などなど、聖母子像を上手く引き立てれるよう、
       どうが良いのかと考えていて、まだ抑え気味にしている所です。



     *****

       今日の第2部   南出麗子さんという日本画家

       先日本家ブログの方にコメントを下さるMusicaさんから、写真添付のメールを頂き、
       掛け軸の整理をしていてこの絵が出てきて、40年振りくらいの再会でした、との事。

       髪型、服装から見て、懐かしい昭和の始めでしょうか?

     

     



       驚いたのは、これを描いたのはMusicaさんのご実家の縁続きの方で、
       南出麗子さんと仰る、当時7歳位、という言葉でした!


       以前一度、麗子さんのお父様が画家で、お嬢さんに厳しい天才教育を施した、
       その方の絵がお家にある、とお聞きして、では写真が撮れたら送って下さい、
       とお願いしていたのですが、
       その方の7歳頃の絵が久しぶりに出てきて、送って下さった、という事なのでした。


       この絵の以前、Musicaさんのお母様が麗子さんに少女雑誌をプレゼントしたら、
       お父様から「娘は京都の国立博物館に連れて行って良い物をみせ摸写させている。
       勝手なことをしないように」とおしかりを受けたそうですが、

       麗子さんには、当時のファッションなども興味深くて、
       最初のこんな絵も出来たのではないか、との事。

       お父様は娘の成長ぶりが楽しみで自慢で、縁続きのMusicaさんのお家に
       作品を持ち込み、Musicaさんのお父様は貼りまぜ屏風に仕立て、
       Musicaさんはそんな麗子さんの作品を見て育った、のだそうです。




       貼りまぜ屏風に残る、麗子さんの扇面の絵
       夏の子供姿ですが、配置が良いですねぇ。

     





       麗子さんはお生まれが1919年位ではないかと云うことで、
       この短冊が唯一、正確な年月日とお年が分かるもので、13歳

     





       こちらも短冊で、13歳頃と

     

     






       時代の風潮なのか、お父様のご指導なのか、浮世絵美人画風のものが多く
       
       15歳から16歳位のものがMusicaさんのお家に全部で30点ほどあるそうで、
      

     

     

     






       16歳の時の色紙だそうですが、渋いですねぇ

     

     

     
       



        15歳

     





        これは当時の女性の姿ですが、華やかで良いですねぇ
        私には、彼女が自分の思いを広げかけている姿にも思え・・。

     




        麗子さんのお年から考えると、ちょうどお年頃に戦争が始まり
        お家の事情もお互いに変わり、ご縁が途絶えたそうですが、

        終戦後に、息子さんをつれ滋賀県で温泉旅館をして絵の世界から遠ざかる、
        という葉書が届き、それが最後になったそうです。

        お年から考えると、まだ存命の可能性もありますが、
        ちょうど終戦の年が彼女の26歳位ですか、
        30歳前に絵から遠ざかられた訳で、その後はどの様に考えて過ごされたのか・・。


        子供の時の何も分からないままに、お父様のご指導のもとで描かれていたのが、
        彼女の成長とともにきっと変わったであろう、彼女の絵の世界にも思いを馳せ
        
        Musicaさんの、麗子さんへの讃歌の気持も思い

        絵の大先輩、南出麗子さんのご紹介をさせて頂きました


     ◆ Musicaさんから、春の掛け軸の絵、静御前の写真を送って頂きましたので、
       追加させて頂きます。

     

     

     


       麗子さんご自身の筆で、下に「満15歳」と書かれており、
       Musicaさんは、常の白拍子姿ではなく元禄風の着物姿で描かれている、
       のがお気に入りのようですが、

       shinkaiは、今までこうして拝見した中では先回ご覧に入れた最後の女性、
       両袖を広げた姿の女性が、一番素直な作風で好きです。

       厳しいお父様の指導のもとで、麗子さんは絵を描きつつ、
       案外着せ替え人形的な発想で、様々な着物姿を描いたのではないかな、と
       思ったことでした。




     *****

       ただ今本家ブログには、15世紀 ミラノの貴族のお遊びは、 ボッロメーオ邸
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4 コメント

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Unknown (MUSICA)
2017-02-03 21:32:26
なんて明るくて楽しい雰囲気を持っているのでしょう。こうして拝見すると、若い力に満ちて周りの称賛に答えて絵描くことに誇りをもって取り組んでいる麗子さんが見えてきます。彼女に見せてあげたいですね。多くの方の目に触れる機会を与えてくださったshihoさんに感謝です。shiho
のお人柄を通して絵に対しての歓びが見えてきます。
Unknown (shinkai)
2017-02-03 21:49:17
★Musicaさん、こんにちは! コメント有難うございます。

今朝は朝早くからブログ更新の準備をし、漸くお昼にアップでき、お昼ご飯を食べ、ではMusicaさんにお知らせしようと、ブログのアドレスを見に来ましたら、
ははは、もう既にコメントを頂いておりました。

何とか上手く纏まったようで、Musicaさんにもお気に入って頂けた様子で安心いたしました。

そうなんですよねぇ、まだまだこれから、という時に絵から引かれて、事情は様々あったでしょうが、ご本人はどう思われていたのかな、とまずその思いが有りました。
というのも、絵はやはり魔物なのです。麻薬みたいな所があるので、それを思うと、時代の流れの中でどうだったのかな、と思いました。

少しでも皆さんに見て頂く事が出来たら、麗子さんも喜んでくださるでしょうか、と思います。
私にも参加させて頂けて、有難うございました!

Unknown (MUSICA)
2017-03-08 20:22:18
追加してくださって有り難うございました。
白拍子の緋の袴に白の衣装でないのが不思議です。麗子さんがご自分で静御前と書かれているので、そうなのかな?と、深く考えないのですが、当時は好きな衣装で描くのが流行ったのでしょうか。
どこかで見たと思っていたら羽子板の娘道成寺とか。京鹿子娘道成寺の踊りの姿にちかいし。これまで描いた、どの女性の顔も白いのにこの絵だけが紅がさしてあるし。鶴ケ岡八幡で踊った時の静御前の意を決した舞姿とはほど遠く。
着せ替え人形という心境もいいですね。みんなに観てほしかったでしょう。書いた気持ちも聴いてほしかったでしょうね。新開さんのおかげであれこれ思う時間が持てました。
Unknown (shinkai)
2017-03-09 00:44:05
★Musicaさん、こんにちは! 再度のコメント有難うございます。

そうですね、静御前と言えば思い浮かぶのが、白の衣装をきりっと付け、舞扇を持った腕をかざす、というような姿なのですが、これはそれとまるで違うので、
なんとなしに、歴史上の有名女性の名を借りて、好きな衣装で描いてみたのかな、と思ったのでした。

着せ替え人形的な発想かな、と思ったのは、お父様の指導がとても厳しかった、とお聞きしたので、きっと女の子らしい好きな遊びも出来ずに、その思いを発散していたのかもしれないな、と思ったのですが、その考え方が正しいのかどうかは分かりません。

それとも、皆さんは白い衣装で腕を差し伸べて描いておられるけども、私はこんな風に描いてみましたよ、という事かもしれません。

いずれにせよ、あまりにも若い年頃の絵のみで、その後の大人の女性になってからの絵が拝見できないのが残念ですね。

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