朝青龍が引退を表明。
色んな意見があるようだけど、
いったい、いつから心技体の「心」がやたらと道徳的な意味合いを持つようになったのか、
どうも腑に落ちない。
もとは精神力の意味で、
これら三つがそろって初めて勝てる、って話だったのでは?
心技体が充実してない力士が一気に横綱に駆け上れるような、
そんな甘っちょろい世界だったのだろうか、日本の相撲は。
そうじゃあないと思うし、
朝青龍の精神力はやはり大したものだとも思う。
問題行動が多かった、のかもしれないけれど、
何だかどれも事実関係のはっきりしない話ばかりだ。
もちろん、はっきりしない以上、
すべてを擁護するわけにもいかないのだけれど、
かつての日本人横綱なら武勇伝ですむような話が、
彼の場合にのみ、「心」の未熟や人格の問題として語られている部分はないかどうか、
やはり気になる。
横綱の品格を問題にする人たちは、しばしば、
相撲がもつ神事としての性格を強調するけれど、
むしろ神事としての側面があるからこそ、
とりすました理性やお行儀の良さだけではない何かが、
力士には求められてきたんじゃないだろうか。
神の依り代としての役目を担ったのは、
必ずしも「みんなのお手本」的な人間じゃなかったはずだ。
posted by 堀マサヒコ
色んな意見があるようだけど、
いったい、いつから心技体の「心」がやたらと道徳的な意味合いを持つようになったのか、
どうも腑に落ちない。
もとは精神力の意味で、
これら三つがそろって初めて勝てる、って話だったのでは?
心技体が充実してない力士が一気に横綱に駆け上れるような、
そんな甘っちょろい世界だったのだろうか、日本の相撲は。
そうじゃあないと思うし、
朝青龍の精神力はやはり大したものだとも思う。
問題行動が多かった、のかもしれないけれど、
何だかどれも事実関係のはっきりしない話ばかりだ。
もちろん、はっきりしない以上、
すべてを擁護するわけにもいかないのだけれど、
かつての日本人横綱なら武勇伝ですむような話が、
彼の場合にのみ、「心」の未熟や人格の問題として語られている部分はないかどうか、
やはり気になる。
横綱の品格を問題にする人たちは、しばしば、
相撲がもつ神事としての性格を強調するけれど、
むしろ神事としての側面があるからこそ、
とりすました理性やお行儀の良さだけではない何かが、
力士には求められてきたんじゃないだろうか。
神の依り代としての役目を担ったのは、
必ずしも「みんなのお手本」的な人間じゃなかったはずだ。
posted by 堀マサヒコ
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