嫁の巣

このコーナーは嫁に乗っ取られております。 基本的にはエビと関係ありましぇん。嫁の巣(過去版)はブックマークから。

モスコミュール

2006年12月28日 | 思うこと
 クリスマスの時期になると思い出す・・・
 札幌に住んでいた頃、旦那と2人で時々訪れたバー「モスコミュール」。
 旦那も私もバー好きなので、2人とも大好きな場所でした。
 宮の森の大倉山の方にあり、ちょっと山を登るので、冬季は行くのが大変なのですが。
 お店に入ると前面いっぱいが窓で、札幌の夜景が眼前に広がり、物凄くきれいなのです
 冬季は空気が澄んでいて、本当にきれい・・・。
 クリスマス時期になると、雰囲気のいいクリスマス音楽が流れます。
 このクリスマス音楽を聞きながら、夜景を見て過ごす時間が大好きでした。
 ここは、私が札幌の知人に聞いて旦那に教えてあげたところ。
 旦那は知らなかったそうです。
 
 札幌は、私達がお付き合い時期&新婚時代を過ごしたところで、2人きりでいろんなところに遊びに行っていたので、2人の恋人時代の思い出が沢山あります。
 「あの頃は2人だったんだなあ」
 なんてしみじみと思い出したりして

 今は幼い子供2人抱えている育児中の身。
 「もう当分、こんなアダルティーな時間は持てないんだろうなあ・・・」
 なんて「モスコミュール」で過ごした時を思い出してあの頃を懐かしむ私。
 
 最近、もっぱら寝かしつけは私の役目。
 けいちんとなぎの真ん中で寝かしつけています
 けいちんは寝ようとしながらも、時々私の方を見て「ニカー」と笑いながら、
 「お母さん、好き
 なんて言って来ます。
 私もニッコリ笑って「お母さんも大好きよ」と言うと、本当に幸せそうな顔で眠ります
 なぎも、私の横でムニャムニャ言いながら、眠ってます。
 時々起きて「おかーたん!」と一声呼び、「おかーたんいるよ」とトントンすると、また寝るなぎ。
 2人の寝顔を見ながら、
 「子供2人に挟まれて寝てる今が、確実に思い出になる時が来るんだな」
 なんてしみじみと思ってしまいました。
 何だか、清々しい寂しさ、というか。
 いつまでも子供に囲まれて暮らせるわけはないのは、けいちんを生んだ時から百も承知なのだけど、日々育てていると、その日が来るのがやっぱり寂しいです。
 2人の子供に挟まれて眠っている今が、本当に幸せな時間なのでしょうね。
 大人2人の時間はまた否応なくやって来るのだから、今はこの幸せを目一杯味わおう、と思うのでした

 最近は「でも」という言葉が増えたけいちん。
 「”でもでも”言って、屁理屈ばっかり言うんじゃあない
 なんて叱ってしまいますが、それでも言葉の遅さを気にしていたけいちんにとってはこれは素晴らしい進歩なのですよね。
 けいちん3歳。来年4歳。
 なぎ1歳。来年2歳。
 まだまだ育児は始まったばかりだけど・・・。
 それでも、幼い、ただ可愛い時期は刻々と過ぎているのだな、とこの年の暮れにしみじみと感じたのでした。

 今年も一年、何とかつたないブログを続けることができたのも、いつも読んで下さっている皆様のおかげです
 こうして日記をつけること、きっとこのブログをしていなければ忘れてた大切なことが沢山あったように思います。
 このブログ、やっててよかったです
 
 来年も、ブログ楽しんで続けていこうと思います。
 来年もよろしくお願いします。

 ではでは。

 皆様、よいお年を〜
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藤田憲一さん 〜末期ガンになったIT社長からの手紙〜

2006年12月27日 | 思うこと
 この方のことは、以前本屋で彼の著書「末期ガンになったIT社長からの手紙」をちょっと読んで知ってはいました。
 ネットで彼が亡くなったことを知り「癌と懸命に闘っていたのに・・・」と思ったのですが。

 先日やっていた「筑紫哲也NEWS23」で彼の闘病をドキュメンタリーとして放映していました。

 すごすぎる闘病。
 彼の葛藤、自分の余命を見つめるその冷静さに、驚きました。
 もちろん、カメラが回っていないところでは取り乱すこともあったのかもしれない。
 でも、この人はものすごく冷静に、そして真摯に自分の病気、命、生き方を見つめていました。
 スキルス胃癌で、余命3ヶ月の宣告。
 胃の全摘手術。
 腹膜播種という形での再発。
 どんどん増殖する癌細胞。
 そして直面する、現代医療の限界。
 「このままでは死ぬ」のに「何の治療もありません」と医者に言われてしまう現実。
 彼はそのどの時も、冷静に、医師と話し合い、自分の求める治療を選択し、ライフスタイルを選択していました。
 「癌患者は皆、抗ガン剤でボロボロになって死んでいくわけじゃない」
 ガン末期患者の自分にできること。
 自分のありのままの姿を見せて、皆に感じてもらうこと。
 どんどん痩せていく身体に鞭打って、医療者と患者の関係、患者としての考え方などを講演されていました。
 この方は「患者の自己責任」についてよく話していらっしゃいました。
 患者も、きちんと自己主張しなければ。
 自分の身体への治療に、患者自身も責任を持たねば、と。
 
 どんなに身体がきつくても、カメラを回すのを嫌がりませんでした。
 亡くなる前の入院で、救急車に運ばれる自分を自分で撮影していました。
 辛い時、「親にきつくあたってしまうから」と一切親と会いませんでした。
 誰にも甘えたところを見せない彼の、唯一であり最大の親への”甘え”だったように思います。
 その息子の気持ちを尊重し、時間に限りがあると分かっている息子と会わなかった、ご両親。
 あれだけ血気盛んな、一つの会社を引っ張っていく若い社長が、どんどん痩せて、身体も自由に動けなくなる、その姿を人にさらすことを厭わない強さ。
 すごい。
 そして、辛い。
 見ていて、辛い。
 親御さんの気持ちを考えると、本当に辛い。
 目が殆ど見えなくなっても、鈴鹿サーキットを見に行ってとても喜んでいました。
 彼の身体が確実に弱っていく様を、カメラはそのままに捉えていました。
 その姿が、本当に辛くて。
 「自分のできること」をひたすら考えて動こうとする彼の強さに感動して。
 私は泣き通しでした。
 
 「生」に対する執着、これは本当に大切なものなのですね。
 どこかで、
 「あなたが何となく過ごした今日は
  昨日亡くなった人のどうしても生きたかった明日」
 というような言葉を読みました。

 毎日、大切に、命あることに感謝しなければ、と思います。

 今日は、祖母の命日です。
 先日、一周忌を済ませたので、今日は特別なことはしませんが、やはりいろいろ思うことのある日です。
 最近よく祖母のことを思い出します。
 一年経って、気持ちは落ち着きましたが、未だに仏壇で祖母に手を合わせることに違和感を感じる私・・・。
 心のどこかで、まだ祖母の死を受け入れてないところがあるのでしょうか。

 おばあちゃん、一年経ったね。
 私、今年結構大変だったんだ。
 弱気にもなったけど、愚痴も沢山言ったけど、何とかここまで来たよ。
 どこかで私を見ながら、ハラハラしてたかな?
 まだまだばあちゃんを安心させてあげられない私だね。
 一周忌で、皆さんからもらったお供え物を姉ちゃんと分けたよ。
 おばあちゃんは亡くなってからも、孫に美味しいものをくれるんだなあ、としみじみしてしまった。
 「じゃあ、これもらうわ」なんて言いながらお菓子を分けてる孫とひ孫を見ながら笑ってたんだろうね。
 今何してる?
 おじちゃんと一緒?
 もうしんどくない?身体動く?
 もう話せないから、「?」ばっかりになっちゃうね。
 いつか夢にでも出て、私の「?」に答えてくれたら嬉しいな。
 私の人生まだまだこれから。
 精一杯頑張るよ。
 大事に、命ある今日に感謝して、過ごしていくね。
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サンタが来ました

2006年12月26日 | 育児
 翌24日。
 我が家にサンタさんがやって来ました
 
 けいちんには、最近目覚めたキャラクターものの中でも今一番大好きなボウケンジャーの「サバイバスター」という、ボウケンジャーの武器。銃なのですが、剣にも変身します。
 ずっとここのところ”銃”が欲しかったけいちん。
 今まであまり子供に「武器もの」はあげたくなくてあえてスルーしてたんだけど、それこそ何でも銃のような形をしていると「バキュンバキュン」と遊んでいたけいちん(ドライヤーまで彼にとっては銃がわり)。
 そんなに好きなら、と、これにしてみました。
 男の子、て武器に憧れるのかな・・・。
 この「サバイバスター」は撃つと銃撃音が鳴ります。
 剣に変身する時も「シャキーン」と音が鳴ります。
 結構やかましいです・・・
 
 なぎは、そろそろお人形でもということで「よちよちぽぽちゃん」です。
 おもちゃ屋さんで見せたら興味を示したので、いいかな、と。
 
 23日、けいちん、なぎ就寝
 そろそろ、母サンタが動きます。
 
 そーっと、けいちんとなぎの枕元にそれぞれのプレゼントを。
 が、実はプレゼントはネット通販で用意しました(買いにいけなかったので)。
 家に届いた時にはクリスマス包装済み。
 「多分こっちだろう」と、アバウトに置く母ちゃん。

 そして翌朝。
 「あ、サンタさんだ〜」とけいちん。
 私「サンタさんだね。良かったね。早速開けてみたら」
 サンタさんには「ボウケンジャーの銃を頼んだよ」と伝えてあった私。
 ウキウキしながら包装を破るけいちん。
 何が楽しみ、て、初めてプレゼントを見た時の子供のリアクションだよね。
 ということで、ワクワクしながらけいちんの反応を窺う私。
 が、背中越しのけいちんの反応が鈍い。
 「やった〜やった〜」と来ると思っていた私。
 「???」とけいちんの側に行くと・・・。
 けいちんが持っていたのは「よちよちぽぽちゃん」。
 ・・・しまった
 間違えた
 「ご、ごめん。きっとこっちだよ」となぎの側にあったプレゼントを急いで渡した。
 2回目のプレゼント開封となり、テンションが半分くらい(?)になっちゃったけいちん。
 しかも、なぎがプレゼントをバリバリと嬉しそうに開くのも見たかったのに、なぎの前には既に開封された「よちよちぽぽちゃん」が・・・。
 ああ、一気に楽しみが2つ消えたわ・・・。
 私、ておバカ
 
 でも、ボウケンジャーの「サバイバスター」を見ると、やっぱり嬉しかったようで
 「やった〜。バキュンバキュンだ〜」と大喜び
 なぎも、ぽぽちゃんを見て「かーいー(可愛い)、かーいー」と大喜び。
 いつまでも赤ちゃんだと思っていたなぎが、自分より小さいものに示す愛情が何だか不思議な感じがした私。
 抱っこして、背中トントンしている姿なんて見ると「おお」なんて驚いちゃいます。
 そう言えば、なぎが生まれたのは、けいちんが今のなぎの歳の2ヵ月後のこと。
 こんなに幼いのに、下が生まれたんだ、と、その頃のけいちんを思い出しました。

 それからは、24日の一日は、けいちんにはずっと「バキュンバキュン」と撃たれ続け(たまに「お母さんちんで(死んで)」と言われ、分かっちゃいるけど「縁起でもないこと言うなよ〜」といくら撃たれても死なない不死身な母ちゃんになってみたり)、なぎには人形を可愛がる様子をお手本で見せたり(なぎ、ぽぽちゃんにミルクをあげたりしてるんだけど、物凄く強引にぽぽちゃんの口の中に押し込んでたりする)、サンタさんからのプレゼントで楽しませてもらいました。
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我が家のクリスマス

2006年12月25日 | 日常
 クリスマス。
 我が家はけいちんのお休みに合わせて、23日にパーティー、24日の朝にサンタさんが来ることになりました。
 
 23日もお休みだったので、超スロースターターな私。
 子供達と家でゴロゴロしてました。 
 夕方頃から活動開始。
 今年のクリスマスは超多忙な旦那は参加できません。
 出会ってから初めてだな・・・旦那と過ごさないクリスマス
 で、子供メインなメニューなので、結構カンタンです。
 ・シーチキンマカロニグラタン(ポテト、ブロッコリー入り)
 ・トマト+チーズサラダ
 ・自家製パン
 ・牛乳寒天ケーキ
 ・シャンメリー
 
 と書くとアレですが、自家製パンなんて書いちゃってもホームベーカリーだし、一番手がかかるケーキも、なぎのお腹の調子に合わせてクリームたっぷりなケーキではなく、牛乳寒天で作ってみました(けいちんには物足りなかったようですが・・・)。
 初めて自分でシャンメリーの栓を抜きました(こういう栓抜きは今まで旦那担当です)。
 けいちんとシャンメリーで乾杯(グラスもちょっとおしゃれにして)。
 けいちん「お酒だ〜」と大喜び
 このシャンメリーの味、変わらないよね〜。
 やっぱりクリスマスはシャンメリーだよね〜。
 シャンメリーを見ると、ウキウキした気持ちになります。
 きっとけいちんもこうなるね。
 それから、熱々のグラタンを皆で取り分けて食べ、トマトサラダに舌鼓。
 なぎのお腹の調子に合わせて、全部極力油抜きで作りました。
 なぎはここのところ、あっさりしたご飯を今までの3分の2くらいの量しか食べてなかったので、今日はものすごいがっつき方です。
 「大丈夫かな」と心配したけど、今のところ大丈夫そうです
 けいちんとなぎと3人。
 「おいしいね」と食事します。
 ちょっと眠くてグズグズしてたけいちんも、食事が始まるとご機嫌。
 旦那がいなくて寂しいけど、それでも親子3人、いつもより楽しい食卓でした。

 こうして、家族でクリスマスを過ごすの、て本当に幸せなことだよね。
 本当にささやかなパーティーだけど、けいちんやなぎの子供時代のクリスマスが楽しい思い出になってくれれば、と母は思います。
 私自身も、子供の頃皆で囲んだクリスマスのご馳走、クリスマスツリー、姉と一つずつ持っていたロウソクに火を点けて、シャンメリーで乾杯、とクリスマス気分を味わっていました。
 この頃のような楽しい思い出を、子供達にも作ってやりたいです。
 
 
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クリスマス〜

2006年12月23日 | ナースの思い出
 昔昔。
 まだ私が若くて、某医科大学の付属病院小児科でナースをしていた頃・・・。

 私の病棟のナースステーションの前には大きなクリスマスツリーが飾ってありました。
 このツリー、電気をつけると同時に電子音でクリスマス音楽が流れるというシロモノでありまして。
 これ、電気をつけている間中、エンドレスで流れます。
 一応、暗黙の了解で、夕方の面会時間頃にこのツリーの電気をつけることになっていました。 
 ちょうどこの時間は、日勤帯(8時〜16時半)と準夜帯(15時半〜23時45分)の交代時で、ものすごく病棟が忙しくなる時間(面会時間&夕食準備&申し送り準備&点滴チェックなどなど・・・。勤務の交代時間、特に日勤と準夜は鬼のように忙しいのです)。
 しかも、ここは小児科。
 成人病棟よりも様々に大変なのです。
 西へ東へ、北へ南へ(?)それはそれは忙しく走り回っていた私。
 ナースステーションの前を通る度、電子音のクリスマス音楽が聞こえる。
 初めは「お、クリスマス」なんて思っていたのだけど・・・。
 電子音でエンドレスで流れる陽気なクリスマス音楽。
 冬とは思えないほど汗をほとばしらせながらバタバタと走り回っていた私。
 そのうちこの電子音が耳につくようになってしまったんだな。
 
 このクリスマスツリーの前を何往復した時だったかしら・・・。

 その時の自分の心情は、あまり詳しくは覚えてないんだけどね。
 ツリーの前を通りざまに思いっきり「ブチッ」とこのツリーのコンセントを抜いていた私・・・。
 ナースステーションではちょうど申し送り中。
 突然やんだクリスマス音楽に、そのコンセントを抜き、また走り去る後輩を、先輩達は唖然とした面持ちで見ていたのを覚えている(そう、この時の私は確か1年目くらいのペーペーでありました。看護師1年目なんて、病棟では立場超弱くて冷静なら勝手にツリーの電源を抜くなんてことはできないのです・・・)。

 恐ろしく忙しかった日々。
 毎日「看護」という仕事に没頭していた日々。

 あの頃の必死だった自分を、この時期になるとふと思い出すのでありました・・・。
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旦那と「桑野信介」

2006年12月21日 | 旦那
 「桑野信介」とは、ドラマ「結婚できない男」の阿部ちゃん演ずる40歳独身主人公の名前です。

 この間、旦那が「オレ、この前の飲み会、まさに信介だったわ」と。
 初めは意味が分からず「?」という顔していた私。
 
 この桑野信介はいろいろなこだわりがあり、料理にも自分のうんちくがあるのです。
 ドラマにあったエピソードでは、夏川結衣演ずる女医さんにお好み焼きの焼き方を詳しくレクチャー。
 夏川結衣がお好み焼きのタネをかき混ぜていると、
 信「あ、違います。かき混ぜ方はこう。空気を含ませて・・・」
 それから、タネの鉄板への乗せ方から、焼き上げ方まで事細かに指示し、自信喪失した夏川から「・・・お願いします」と言われ「では」と自分のこだわりのやり方でお好み焼きを焼いていた信介。
 旦那が「まさにそうだった」と自分で苦笑していました。
 と言うのも、飲み会の料理が鍋で、その後雑炊を作ろうとする時に、やっていた女子社員の方に事細かに指導してしまった・・・と。
 「あ、まだ卵は入れません」
 「あ、そうではなくて、こうして下さい」
 「あ、ちょっと待ってください」
 とまあ、こんな感じであった、と。
 その女子社員の方は旦那が言うたびに「あ、スミマセン」となっていた、と。
 私「ヤダ〜。可哀想だよ〜」
 旦「(苦笑)」
 きっと、この女子社員の方は「・・・この人の奥さん、て大変そう・・・」と思っていたのでは(現実はちっとも大変ではないのですが)。
 
 やっぱり、君は「桑野信介」だったか。
 
 そうお互いに思った出来事でした。 
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辛いね・・・

2006年12月20日 | 思うこと
 今日、お笑いコンビ「カンニング」の中島忠幸さんが、亡くなられました。
 すごいファン、というのではなかったけど、あのキレキャラの竹山さんのそばで頑張って突っ込み入れてた彼の、誠実そうな笑顔が思い出されます。
 ずっと売れなかった下積みを経て、やっと脚光を浴びかけた時、発病。
 息子さんが生まれてまもなくのことでした。
 中島さんが入院されてから、一人で芸人としてのキャリアを伸ばしながら、相方の生活も支え、いつでも中島さんが帰って来れるよう、頑張っていた竹山さん。
 2人は小学校からの付き合いで、本当に仲が良かったそうです。
 中島さんは芸人になるまでは料理人だったそうで、竹山さんが、
 「いつかは小さな店を開き、中島が厨房で料理を作り自分が接客して、馴染みの客に芸人時代のことを照れながら話してみたい」なんて話していたことがあったそうで・・・。
 まだ35歳。
 息子さんは2歳。
 奥様もどれだけ辛いだろう・・・。
 同じ年頃の子供を育てる同年代の方の訃報は、本当に辛い。
 テレビで竹山さんを見る度に、「ああ、まだ中島さん、復帰まだなのか」なんて思ってたので、もうそれが叶わないのだと思うと、やっぱり辛いです。

 ご冥福を、お祈りします。
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「ぼちぼち」

2006年12月15日 | 思うこと
 今週の「オーラの泉」のゲストが伊原剛志さんでしたね。
 実は彼が全く売れてなくて「クリアクリーン」という歯磨き粉のCMをしてた頃からファンでして(確かあれは私が高校3年生の頃だったかしら)。
 私の理想の外見は「伊原剛志」さんなんです。
 あの顔が好きなの〜
 スタイルも背が高いし適度に筋肉もついていて、まさに理想
 性格は・・・あの番組でみる限りは大変そうですが・・・。
 しかし、彼はもうすぐ44歳。
 なんとカッコイイ40代
 時任三郎もだけど、こんなに渋くてかっこいい40代、て存在するのね
 ああ、是非是非旦那にも渋い40代になってほしい・・・と思う、自分のことは棚に上げて降ろさないぶら嫁です。
 で、確か彼がやってるお好み焼き屋さんが「ぼちぼち」という名前だったような。

 あまり最近、パッとした事がないぶら家です。
 直したDVDはやっぱり直っておらず、再び修理に出してやっと帰ってきたも、やっぱり調子イマイチ(再生時に時々一瞬フリーズするんだよね・・・)。
 なぎは肺炎は治ったのに、先週から調子悪いお腹が、今週はすっごくご飯をセーブして様子を見ていたんだけど、先週よりはましだけど、まだまだ全快までは至らないようで。あともう少しご飯を軽めなものにしなくてはいけないようで、食いしん坊ななぎにとっては辛く、見ているこっちも可哀想になります。
 胃腸の調子が悪い、ということは、栄養が摂取できないということ。
 「こんなに小さいのに、こんなに長くちゃんとしたものが食べられないで大丈夫なのかしら」と、私もつい心配してしまいます。
 私も一ヶ月ほど、マイナートラブルに悩まされており・・・。

 と、ここまで打つと、何だかブルーになってしまいます〈読んでてもブルーになっちゃいませんか?ごめんなさい〜)。

 「もう、どうしてこんなに何もかんもいい事ないのよ」
 と、嘆いてしまうんだけど、こういう時いつも私がふと思うのが、
 ぼちぼち
 という言葉です。
 「ぼちぼち」
 意味は・・・なんだろう?
 「ゆっくり」とか「あせらないで」とか言う意味かな?
 は〜とため息しつつ(あ、でも最近は友達から聞いて、ため息しないようにしてます)、
 「ま、『ぼちぼち』やるしかないか」
 とつぶやくのです。
 焦っても、心配しても、事態は好転しない。
 「ぼちぼち」、皆が治るのを待つしかない、か(あ、DVDは待ちませんよ。もう3回目ですよ。日立の担当さん、すぐ電話しよ〜っと)。
 この、おっとり、ゆったりとした感じのする「ぼちぼち」が、私は好きなのです。
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フレー!フレー!

2006年12月14日 | 思うこと
「苦しい、疲れた、もうやめた、では人の命は救えない」 
 海上保安庁の人命救助のエキスパート、特殊救難隊にある言葉です。

 いつも、人命救助のために日夜厳しい訓練をしている隊員たちだからこそ、胸に来る言葉なんだろう、と思います。
 深い含蓄のある言葉だな、と、初めて聞いた時から思いました。

 日夜休みなく続く苦行。
 だけどこれを超えれば得られる、素晴らしいもの。
 何かに似てませんか?
 
 「育児」。
 この果てしなきもの。
 時に苦痛で、そして時に至福の時をもたらしてくれるもの。
 人命救助ならぬ、人命育て。
 私はこの言葉が、今育児中の母達へのエールのように、なぜか感じたのでした。
 
 自分の未熟さゆえ、幾度も「ヒー。もうダメー」と弱音を吐いてしまう私。
 けれど、「今育っている」命は一時も待ってくれない。
 救助をやり直すことができないように、育児も今この時をそっくりそのままやり直すことはできません。
 自分の努力がダイレクトに結果に繋がる、育児。

 「苦しい、疲れた、もうやめた、では自分も子供も育たない」

 自分への戒めの言葉として思いつきました。
 きっとこれを超えれば、素晴らしい明日が待っているハズ。
 
 今日も母は試行錯誤に時々感情も交え、育児奮闘中です。
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「巧名が辻」

2006年12月13日 | 夫婦
 先週、最終回でしたね。
 あんなに仲の良い夫婦もいつかは死に別れるのだと思うと、ちょっぴり切なくなりました
 ドラマなので、どこまでが史実に基づいているかは分かりませんが、あの戦国の時代に一つの城を守る大名が嫡男がいないのに側室を持たないということは、やはり一豊さんの千代さんへの愛情は本物であったのでしょう

 で、この「巧名が辻」。
 一昨日からBShiで第一回から再放送しております。
 初めの頃はあまり見てなかった私。
 改めて見返して見て、楽しませてもらっています。
 脇役の武田鉄矢と前田吟の掛け合いも面白い。
 仲間由紀恵演ずる千代のオトボケ奥さんぶりも面白いです。 
 何かとちょっと固いイメージのNHKの大河ドラマ。
 こういったホームドラマも良いのではないでしょうか。
 
 そういえば、新聞の投稿欄にこんなのがありました。
 「最近マンネリを通り越しているので、最近はお互い月ごとに呼び名を変えている。今月は『功名が辻』の『千代』と『旦那様』。呼ぶたびに、お互い大笑い。『旦那様』と呼ぶと不思議と『旦那様』という気持ちになり、いつもより夫を大事にしている。気分が変わっていいので皆さんどうですか」
 というような内容でした〈うろ覚えなので少し違うかも、です)。
 このご夫婦は50代。なるほど〜。これは気分が変わるかも。
 「月ごとに呼び名を変える」というマメさと、それにちゃんと付き合ってあげている旦那様の優しさに、とても微笑ましいご夫婦の様子が目に浮かびました。

 私も今度、旦那に「旦那様、なりませぬ」と千代風にいってみようかしらん 。
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