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■結社の多様化;ネット結社①「花冠」/高橋信之(月刊俳句界」10月号)■

2014-10-07 10:41:09 | Weblog
①俳句雑誌「花冠」がウェブサイト(ホームページ)を立ち上げたのは、一九九六年十一月二十七日で、十八年前のことである。その一年後に俳句掲示板(BBS)を開設し、ネット上での句会を始めた。一九九七年十一月七日である。BBS句会はその後ブログ句会となり、花冠ネット句会は、十八年の歳月の殆ど毎日を俳句勉強の場とし、日々の精進を重ねてきた。これらの業績は、俳誌「花冠」の仲間が誇りとするところである。花冠の掲示板(BBS)は、初心者のための「俳句添削教室」として今も続いている。
 一九九五年に日本にもウィンドウズ95が入った。日本の社会も世界のグローバル化とIT化(高度情報化)の影響を受ける時代となった。俳句、また俳句結社も、こうした日本社会の変動の影響を免れることはできない
。課題は、俳句作家には高齢者、女性が多いので、これらの人たちにパソコンを教えることであった。
 高齢者、女性、障害者達を対象としたパソコン講座の充実を図った。全盲の方のパソコン指導も企て、効果を上げた。パソコン指導者の養成講座も開き、愛媛県から助成金をいただいたことも幸運であった。
 花冠の活動は、ブログによる「デイリー句会」と「月例ネット句会」があり、一九九七年秋に始めた「インターネット俳句コンテスト」は、今年が第二十回となる。結社同人を全国に拡げた。

②「ネットによる結社」のよい点は、会員・同人との交流の場がネットによって拡がることで、全国へ、そして海外へと拡がってゆく
。「所変われば品変わる」といわれるが、この「品変わる」という多様化の時代への適応がネットによって可能なのである。グローバル化の時代、多様化の時代は、島国という小さい世界の中で生きてゆく日本民族には避けていけないであろう。日本民族が未来に向けて発展してゆくならば、「グローバル化」と  
「多様化」という課題に、むしろ積極的にかかわっていくべきであろうと思う。そのために「ネット」そして「ネットによる結社」は
、時代に合った結社として働くであろう。
 「ネットによる結社」の悪い点は、ネット
、そしてネットのための道具であるパソコンが俳句とはもともと遠い存在であり、俳句は、写生、写実といったことを根底に置いているが、パソコンは、コンピュータの末端で、ヴァーチャルな世界を操作する。俳句の「実」とパソコンの「虚」とがうまく折り合うことができるかが難題である。結社の主宰の力量が問われてくる難題なのである。
      
③今後「ネットによる結社」は増えるか否か
、という課題があるが、答えは、「増える」
であり、その理由は、様々であろうが、その一つは、パソコンの使用者が増えるという、単純な理由からで、それも高齢者や女性、それに障害者といったIT弱者と言われる人達にパソコンが普及し、その使用者が増えるということである。そういった時代が必ず来る。 
。俳句作家には高齢者や女性多いので、これらの人達にパソコンが行き渡れば、俳句作家の多くがネットに参加することができる。
 グローバリゼーション(グローバル化)という現象がある。グローバリゼーションとは、社会的あるいは経済的な関連が、旧来の国家や地域などの境界を越えて、地球規模に拡大して様々な変化を引き起こす現象である。
 グローバル化社会は、高度情報化社会をもたらし、高度情報化社会となる。高度情報化によって、グローバル化が更に促進されるのである。日本の経済と社会、そして生活のあらゆる面で、グローバル化、そしてIT化(高度情報化) という大きな変革が起きた。高齢者や女性、それに障害者といったIT弱者と言われる人達も例外ではなく、この人達にもパソコンが普及し、その使用者が増える。ネット参加者が増えれば、「ネットによる結社」も増えるのである。

※「月刊俳句界」10月号120頁に掲載
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■「俳句界」10月号《結社の多様化》を読んで/小西宏■

2014-10-04 11:05:28 | Weblog

高橋信之先生
高橋正子先生
先生方の扱われた、そして今でも扱われている「ネットによる結社」は俳句同好者間の時間と距離とを大幅に短縮しました。今私たちは、北海道から沖縄まで、全国の同好者からの作品を瞬時に交換し、(先生方のご都合にもよるでしょうが)毎日のご指導を得ることができます。また、高齢や病気などにより遠距離を移動することが困難な方々でも、ネットによる句会に参加できるようになりました。

「ネットによる結社」には副次的な効果もありました。先生方のご努力により、ともすればITを避けがちな高齢者にも「ネットによる結社」に参加するというインセンティブが与えられ、俳句以外にも、広いコミュニケーションの場に繋がるチャンスを得た人が少なくないのではないかと思います。さらに、高齢者、女性、障害者を対象としたパソコン講座に寄与されたことは、先生方の大きな功績の一つと考えることができます。私自身も、先生方の働きかけがなければ、TwitterやFacebookに参加することはなかったろうと考えています。

もう一つ留意すべきなのは、ネット利用に係わる最大の問題である外部からの悪意ある侵入に対し、先生方が絶えず目を配って下さったということでした。そのご努力の多くは私たちの目には入らなかったものですが、「ネットによる結社」においては欠かすことのできないご配慮でした。

ただ、「ネットによる結社」によっては得ることのできなかったもの、あるいは失わざるを得なかったものもあるのかもしれません。先生のおっしゃる“俳句の「実」とパソコンの「虚」とがうまく折り合うことができるかが難題である”とのご指摘の正確な意味はまだ理解できていないのですが、先生方と、あるいは句友同士が膝突き合わせて議論し語り合う機会を多く持つことのできないことは、やむを得ないこととはいえ、寂しい事実ではあります。

※下の記事に≪「俳句界」10月号《結社の多様化/高橋信之》があります。
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■涼しいもの歳時記「夏の涼を詠む/高橋正子」(「俳壇」8月号2014年)■

2014-08-01 09:40:31 | Weblog
涼しいもの歳時記「夏の涼を詠む」

 「山気に触れたく」高橋正子

 六月の始めの水曜日。早朝六時過ぎの電車で神奈川県立四季の森公園に出かけた。四季の森公園は、里山保全を目的とした公園で、わが家から電車で三十分ほどで行ける。入園は自由なので早朝の散歩を楽しむ人も多い。特に暑さが続くと、私は朝の涼を求めて山気に触れたくなってここに出かけるのだが、公園に入ればすぐ前に蓮池がある。今、池の端には、山桑の実が黒く熟れて垂れているが、その葉陰の向こうに翡翠が止まる一本の杭がある。この朝は待つことなく翡翠に出会い、止まっている表情が見えた。一瞬のうちに翔び立ったのだが、飛翔の青い奇跡が目に涼やかに残る。
 それから公園の奥へ。そこには元の田んぼを生かした菖蒲田がある。菖蒲田には山水が流れ込み、山からの微風が届く。咲き始めた菖蒲の花弁をふるわせる。菖蒲田の周囲の小川には蛍が生息し、あと十日もすれが菖蒲田を飛びかう。菖蒲田の紫や白の花を目に入れつつ、さらに道をたどると睡蓮の群生する小さい池に至る。おそらくすぐ傍の葦原を通ってきた水だろうが音を立てて流れ込み、水輪に睡蓮は休むことなく揺れる。谷あいの空からは、谷渡りする鶯の声が聞こえる。鶯の声のする山には、山百合が咲く。初めて山百合を見たときは、花の大きさと朱色の蕊に驚いたものだ。もう少し先の七月ともなれば、「じゃぶじゃぶ池」の近くに大きな合歓の木があって、水遊びする子どもを眺めながら涼むのだ。

菖蒲田に山から水を引き入れし   高橋正子
河鹿鳴くせせらぎの水汲み帰る   河野啓一
手のひらに塩あおあおと胡瓜もむ  藤田洋子
夫と飲むラムネ昔を透かし見る   祝 恵子
ヨット帆を掲げて沖の明るさへ   多田有花
手のひらに蛍あかるき少女かな   小西 宏
船笛の尾を曳く瀬戸や夏の霧    佃 康水
プールから花のタオルの中に入る  川名ますみ
かき氷分け合う海の眩しさに    安藤智久
葉を揺らす音が涼しい風になる   高橋句美子
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■新鋭俳人20句競詠「睡蓮の水/高橋句美子」(「俳句」7月号)■

2014-07-01 09:36:31 | Weblog

角川「俳句」7月号(2014年)
新鋭俳人20句競詠

睡蓮の水
高橋句美子

新しい黒靴だれもが新社員
目黒川カヌーへ桜の花が散る
たらの芽の柔らかさ噛み里帰り
姫りんご空つく花枝真っ白に
葉桜の生き生きとして川へ垂れ
山吹の花の連なる古き門
シャガの花すくすく立ちて重なりあい
ルピナスにシャッター音の次々と
磨かれた石壁包む白つつじ
石楠花のばら色褪せて陽が高い
ピンクの薔薇テラスまで伸び喫茶店
えんどうの陽に透かされてみずみずし
足元に売られる茄子の花うつむき
新緑の大きな陰へセキレイも
薔薇園の子どもの家に薔薇つぼみ
陽が強い芍薬園の広がりに
山紫陽花白を選んで山草展
睡蓮の水の流れて静かな正午(ひる)
睡蓮の水輪広がり魚走る
白日傘てんとう虫の影透かす

俳句の主体性
 俳句を詠む上で重要なのは主体性を持つことである。人は生きていると、毎日様々な自然や物事と出会う。そのときに感じた形のない感情を自身の記憶の中だけでなく、短い歌として他人あるいは自身の伝えるのが俳句である。素直な気持ちを詠んだ俳句にはその人となりの個性が感じられ、主体性のあるものとなる。

1983年9月3日、愛媛県松山市に生まれる。2004年、第11回花冠新人賞を受賞。2013年1月、俳誌「花冠」編集長。2013年3月、第一句集『手袋の色』(文学の森)を刊行。
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