句集の序

俳句雑誌「水煙」代表 高橋信之

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「梅ひらく」 藤田洋子句集

2008-08-22 16:06:28 | Weblog


 本句集「梅ひらく」を読めば、作者は、家族を何よりも大事にし、日常生活を疎かにしない方であって、俳句という詩の言葉でそのことを隈なく表現した。いい生活からいい俳句が生まれた。
 夫や子に囲まれて、

  ひと部屋の灯に集まりて晦日蕎麦

の句、亡き父母を詠んでは、

  父の日の山の青さに真向える
  冬灯し母の箪笥を引けば鳴る

の句があって、父母を想う情が作者の深いところで句となった。第一句の「青さに真向える」、第二句の「引けば鳴る」は、作者の感性が捉えたもので、読者の心深くに訴えてくる。兄を早くに亡くした作者が実家の父母を一人で看取ったことを知れば、なお強く訴えてくる。

  秋彼岸手に置く兄の文庫本

 専業主婦としての日常生活を詠んだ句に

  ペダル踏む籠に落葉とフランスパン

があり、読み手も楽しませてくれる。季語「落葉」が効いて、生活の実感を伝えてくれる。

  手のひらに塩あおあおと胡瓜もむ
  窓に干すハンカチ白し十三夜

 これらの句も日常生活を詠んでレベルが高い。「あおあお」や「白し」といった色彩の感覚の良さによるものである。

  新任の地へ向く朝浅蜊汁

 この句は、夫を詠んだものだが、言葉が少ないのがいい。夫婦の日常を詠んで充分である。

  冬椿嫁ぎ来しよりこの庭に
  装いの帯高く締め成人式

などの句があり、嫁ぎ来て三人の子を育てた。作者とは、十四年間の俳句のお付き合いだが、子育ての十四年間を俳句で見てきた。

  いってきます声も大きく遠足へ 
  日焼け子が海の香させて寝息立て
  風邪の子と古きアルバムめくりおり

 これらの句では、子らと共に居る母親のやさしさを知る。
 俳句の仲間との集まりでは、

  生き生きと声が動いて初句会

の句が新鮮で、横浜の俳句大会に参加しては、

  海見えて落葉の芝に旅鞄

と、旅の句を詠む。
 本句集の題名「梅ひらく」は、

  梅ひらく白のはじめを青空に

の句から作者自身が付けた。作者らしい感性がいい。
 代表句は、

  遠ざかる風船は今空のもの
  湯のはじく乳房の張りよ夕月夜
  海見える丘に椎の実拾いけり
  冬木立つその確かなる影を踏む

であって、十四年間の俳句生活を経て、その成長は明らかである。感性のみずみずしさがあって、実家の父母を看取るという苦しみと悲しみを体験し、内面の深みが加わった。句集「梅ひらく」を私たちの「水煙」の仲間から世に出すことを嬉しく思う。

平成二十年八月
                              高 橋 信 之


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「能笛」 黒谷光子句集

2008-08-22 15:58:15 | Weblog


 黒谷光子さんは、近江商人発祥の地である五個荘のお寺に生まれ、湖北のお寺に嫁いだ。琵琶湖周辺の豊かな自然と歴史のある伝統に恵まれ、そこから句集「能笛」が生まれた。
  
  湖(うみ)の街歩き梅の香のいくたびも
  片脚は湖に大きく春の虹
  湖北の灯近づき冬の旅終る

 琵琶湖の西の対岸には、比良山地が連なり、

  比良を背に菜の花明かりひろびろと

の句を詠む。お寺の境内の裏からは、東に伊吹山が見え、

伊吹嶺に一片の雲秋高し

など、琵琶湖周辺の美しい風景が句集「能笛」の背景であり、作者の生活の場である。
 光子さんの大事なお仕事として

  朝の鐘撞く境内の雪明り
  み仏の座の春塵を拭いけり
  朝日差す御堂へ今日は豆御飯

など、お寺を守っておられ、お寺のお勤めの句では、

   涅槃会
  悲しみの姿さまざま涅槃絵図
   花祭り
  乾きても濡れても光り甘茶仏

がある。日常生活では、

  大き蕪一つを抜きて提げ帰る
  俎板に溢れしゃきしゃき水菜切る
  選り終えて夜の灯りに青山椒

の佳句があって、家庭の主婦としても堅実なのである。家族が集まれば、

  みどり児を囲むうからの冬座敷

という団欒の句が楽しい。孫の句は、

  この家に幼も眠る二日の夜
  少年の書き初め希望と紙いっぱい

があり、嬉しい生活がある。

 本句集の題名「能笛」は、
   長浜八幡神社薪能
  能笛の秋夜の杜へ風と消ゆ

という句から付けた。光子さんの句には、「能笛」が相応しい。句の姿が正しいからで、そこに深さがある。どこか素朴なところがあって、きらびやかなところを抑えた美しさなのである。それは、日本の伝統文化の良さでもある。
 光子さんの内面は、活発に働いて、その活動範囲は広いが、生活を取り囲む自然や伝統の世界と離れることはない。そこから生まれた俳句がいい。体験と生活から生まれた俳句がいい。そこには真実がある。
 本句集の代表句を挙げれば、

  竹林の撓みゆたかに春の雪
  この道の先は海らし十三夜

などで、この美しい日本の風景に能笛を吹き鳴らしていただきたい。春雪のお寺に、十三夜の夜空に、琵琶湖の水面に鳴り響く能笛の音を聞いていただきたい。

  平成二十年初秋
                   高 橋 信 之

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「せせらぎ」 河野啓一句集

2008-08-22 15:53:57 | Weblog


 河野啓一さんは、旧制高校の時代があって、そこでの生活が俳句に影響を与えたに違いない。職場の第一線を引かれてからの多彩な生活は、若い頃に培った教養によるもので、医薬文献の翻訳、軽スポーツ、旅行、園芸、絵画、そして俳句などがある。

  虞美人草風に揺らせて画布のなか

 本句集には、画の俳句が多いが、その中でも、この句が優れていて、そこには詩がある。

  蒲公英の種ふと浮び空の詩

 大空のひろがり、その焦点に浮かぶ「蒲公英の種」、そのイメージに詩情があり、言葉のリズムにも音楽的な詩がある。中七の「種ふと浮び」は、二音二音三音のリズムで、その後の切れがいい。
 ご夫妻揃っての絵画の生活は、日常にいいリズムを作っておられるのだが、そのリズムが崩れたときの句は、妻を詠んで一見穏やかな詩情がいい。

  妻病みて山茶花の花咲きこぼれ 
  妻病みし初冬の日差しまぶしかり

 家族を詠んだ句に佳句があって、これらは、日常の生活の中から生まれたもので、その俳句は、その日常と切り離すことが出来ない。

  長男浩一家と生駒の観光農園
  鍬音も高く甘藷を掘り当てぬ

戸外での家族の楽しい団欒があり、孫娘を詠んでは、

  クロッカス摘みて持ちくる孫娘

の句がある。父の日にハイビスカスを贈られて

  ハイビスカス真っ直ぐ我に向きて咲く

と詠む。家族との絆が確かなのである。
 また、啓一さんの句には、趣味が園芸ということもあって、草花の句が多いが、家庭菜園を詠んだ句に
 
  京野菜摘みしばかりの涼しさに

等の佳句がある。
 啓一さんは、大阪大学大学院で生物学を専攻されたので、植物に詳しいのは、当然のことだが、それが学問に終ってしまわないで、詩となっているのが素晴らしい。それも生活の詩であって、そこには、現実があって、真実がある。
 本句集にアメリカ留学時代の回想句

   サンフランシスコ
  茹で蟹を漁師波止場に購えり

があり、ウイーン旅行では、

  ホイリゲのワインに酔いて風涼し

の句がある。ウイーンの森が見える郊外の酒場であろうか。「ホイリゲ」は、「今年の」というドイツ語で、ワインの新酒を飲ませるウイーンの酒場のことでもある。ウイーン体験のある者に懐旧の思いを抱かせてくれる。
 啓一さんの句は、その海外生活の体験があって、広々としたところがある。句集第二句の

  はるばると黄砂飛び来て吾が門に

は、中国大陸からの「黄砂」を詠んで、「吾が門に」という焦点が絞られ、その焦点からの広々とした自然を見ている。

  河鹿鳴くせせらぎの水汲み帰る

 本句集の代表句であって、ご両親の郷里である四国の渓流を詠んだ。故郷の自然がいい。広々とした自然の中の「せせらぎ」の音が聞こえてくる。その音は、深くから聞こえてくる。
 句集の題名は、この句の「せせらぎ」から取ったもので、作者自身が選んだ。

  平成二十年盛夏
                   高 橋 信 之

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●その他の序●

2008-08-21 16:58:32 | Weblog
◆高橋正子句集/戸原琴句集/堀佐夜子句集/安丸てつじ句集◆
◆野田ゆたか句集/原順子句集/藤田裕子句集/岩本康子句集◆
◆柳原美知子句集/古田けいじ句集/水煙合同句集/野上哲斉句集◆
◆祝恵子句集/平田弘句集/下地鉄句集/碇 英一句集◆
◆霧野萬地郎句集/相原弘子句集/北村ゆうじ句集◆

▼上記句集の序は、下記アドレスをクリックし、ご覧ください。
http://www.suien.org/0005/kusyu/jyo.htm

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